岩内と炭鉱の関わり(3)

木田金次郎美術館で「夕張市美術館コレクション展」を開催する理由のひとつ、
岩内と炭鉱の関わりについて。

岩内が石炭積み出し港であった茅沼炭鉱は、
歴史的に大きな意味を持つ炭鉱です。
江戸時代にあたる、安政年間から採掘がはじまった、
「北海道最初の炭鉱」であることはもちろん、
明治2年には、炭鉱から茅沼の海岸まで、
レールを敷いて石炭を運んでおり、
これは日本の鉄道の起源でもある
「新橋・横浜間」よりも古いことから、
定義づけによっては、
「日本で最初の軌道」ともいわれています。

この、長い歴史を持つ茅沼炭鉱にも、
絵を描く人がおりました。
高田力雄(1913-1986)という人です。

岩内生まれの高田は、茅沼炭鉱に勤務しながら、
絵を描いており、1947(昭和22)年には道展に入選。
この頃、木田金次郎の指導を受けていたそうです。

岩内美術史を彩る一枚の写真があります。

後志美術協会1949 
「第4回後志美術協会」会場にて(岩内西小学校) 1949(昭和24)年7月1~5日
前列左から、高田力雄、牧野巌、間宮勇、安原謹二、酒井嘉也。
後列左から、小野垣哲之助、大島康督、因藤壽、佐藤栄次郎、大倉正美、一人おいて船木ウメ、片桐勉。

(この中の多くの方が、今年当館で開催した「絵の町・岩内:まちのコレクション」「町民コレクション」に登場しましたね)

前列左端の方が、高田力雄。
この、「後志美術協会」は、
終戦直後の1945(昭和20)年9月に結成された美術団体。
木田の年譜に、
「間宮勇・小川原脩らが中心となり、後志美術協会が結成され、木田も名を連ねる」
と記されているとおり、木田も関わっていた団体です。

とはいうものの、
同時期に結成された「全道美術協会(全道展)」と同様、
木田は一度も展覧会に出品することなかったといいます。

木田金次郎美術館では、この団体をテーマに、
企画展を2003年に企画展を開催しました。

2003「後志美術協会の作家たち展」
「後志美術協会の作家たち展」2003年4月~5月

この展覧会の際に、
泊村より高田力雄の作品をお借りして、展示させていただきました。
茅沼集会所や、泊村公民館に、飾られていた作品です。

それから3年後の、2006年。
夕張市美術館の学芸員、源藤隆一さんから、
高田力雄についての問い合わせをいただきました。

夕張市美術館で、
道内の炭鉱画家を一堂に集めた展覧会を企画されており、
茅沼炭鉱から、高田力雄作品を出品したいとのことでした。

わずかな資料でしたが、当館で調べたことをお伝えしたのでした。

2006「炭鉱画家の鉱脈展」
夕張市美術館
「山のグラフィック 炭鉱画家の鉱脈展」
 2006年7月~9月


それが結実したのが、この展覧会。
炭鉱画家に光を当てた、画期的な展覧会として、
高い評価を得た展覧会でした。

残念ながら、この会期中に、夕張市の財政破綻が表面化。
担当した源藤さんも、2010年に、
病により帰らぬ人となってしまいました。

夕張市美術館が閉館し、作品の展示ができなくなったときに、
ほかの美術館で展示されることで、コレクションに光を当てられれば、
と思っていたのでした。

炭鉱に関わる街として、絵描きが多い街として、
地域に根ざした活動をする、地方美術館がある街として、
夕張と岩内は、共通点があるのです。

そこで、今回のような展覧会が実現したのでした。

(学芸員 岡部 卓)

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木田金次郎美術館 開館20周年記念
夕張市美術館コレクション展
炭都・夕張の美術遺産
9月13日(土)~10月26日(日)
木田金次郎美術館 展示室4
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