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これぞ岩内の味 鍋奉行20年の吉田玄一さんに聞く

どんざ忌交流会参加の皆さんが楽しみの料理の品々、腕によりをかけ頑張っているのが吉田さんだ。
吉田さんは昭和20年、深川市生まれ。

玄一さん2

考古学を学び京都市内で平安博物館職員になったが間もなく北海道にUターン、各地の発掘作業に従事した。
57年~59年、泊村の原発工事で埋蔵物文化財保護のため発掘された約3万点の土器、石器類の整理、展示を目的にその後北電とまりん館が開設された。
発掘からかかわった吉田さんが学芸員としてガイド役を勤め平成20年以降は週1回の非常勤で通う。

木田美術館とのかかわりは設立母体の考える会の頃から入っていたが、平成4年に美術館設立準備委員会がスタートした時、学芸員の経験を見込まれ協力の要請があり委員となる。
その後現在まで美振協役員、イベント等で裏方として協力を惜しまい。

玄一さん1

どんざ忌では最初の頃、中庭に特設のかまどを作りそこで煮炊きした。
職員は女子ばかりなので男手が不足。吉田さんは瀧澤さんや森さんとブロックを積み重ねかまどの形にし、火をおこし火の加減を見たり調理の手伝いをするようになった。
どんざ忌の頃はきびしい寒さだ。
特に中庭は冷え込む。
木田敏斌さんにどんざ忌日和だねと言われたこともあったが、かまどのオキで焼き芋を焼いて参加者に振舞い喜んでもらったこともある。

玄一さん3

知らなかったメニューも覚え家族サービスもできるようになった。
また札幌の知り合いにミャンマー友好協会の会長さんがいて深川産のそばを現地の農業振興のために送るという事業をしていた。そんなつながりで手に入ったミャンマー産のそば粉を打って出したこともある。
鍋はすけそう、かに、たらそれにチュンチュンと岩内の味にこだわっていろいろやった。
1回目から鍋奉行をやったが、あまりの寒さに震えながら準備をしたことがなつかしい。今は近くの文化センターで調理できるのでとても楽になった。

美術館に望むことは開館当初から実質的には指定管理者制度の先取りのような運営をしてきた。この20年間はきびしい歩みだったが職員スタッフを中心に関係者が支えてきた。これからも企業努力に磨きをかけ一層発展してほしい。

平成17年12月、第11回どんざ忌記念講演は吉田さんが講師でテーマは「大昔の西積丹」。
専門の地質、土器石器の分野で西積丹を起点にして話題が全国的に広がる興味深い話は好評を博した。また聞きたいと思う。(O・Y)
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