岩内美術協会会長 中村聰之さん 熱く語る

 町内切っての老舗染物屋さんに花屋さん、そして絵も描く。
中村さんには三つの顔がある。

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木田美術館名物、春から秋を彩る花階段の花苗は全部中村さんがアレンジして提供している。
平成8年から美協の会長として活躍、この地域の美術界を代表するお一人だ。
 
中村さんは小中学生のころから絵が得意だった。
クレヨンとか水彩絵の具を使っていたが、高校入学後に親にねだって油絵の具を買ってもらい本格的に絵に打ち込むようになった。
安原先生が美術の担当でとてもやさしく教えていただいた。
その頃から今に至るまで絵を描き続けてきた。
高卒後、先輩画家の山本善政さんに勧められ美協に入会、全道規模の大会出品を目ざしたが、当たり前の絵では入選は無理なので前衛的手法で制作、これが新道展初入選となった。
昭和37年、19歳。
あの時はずいぶん燃えたなあ。

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笹谷貫太郎さんや山木仁さんは怖い存在だったが絵の手ほどきをしてくれた。
好きな画題は風景。それも平原。
船とか高い建物は描かない。人物も描かない。風景の中に山があれば平らな山にしてしまう。水平構図が性に合う。

 木田と祖父は小学校の同級生で40歳の頃まで一緒にパチンコに行ったり交遊があった。
だが、木田が娘を(中村さんのおばさん)嫁にほしいと言い出してから不仲になった。
祖父によれば有島の名作「生れ出ずる悩み」の主人公木本青年は木田がモデルということは知れ渡っていて、当時の文学少女は木田に夢中だった。多くの女学生が木田を一目見ようと押しかけてきた。おばさんもその中の一人だった。木田はきかない女性(性格のはっきりした)が好きなので、その点でも木田は気に入ったらしい。祖父は嫁の話を断った。それ以降仲違いになってしまった。

中村さんは木田の絵を模写したことがあるけれど難しかった。
色の出し方等独創的でありとても真似できない。

 美協は現在25名で多士済々。高齢化の中でみんなでがんばっている。
本年度の全道展に早瀬さんが入選、うれしい。

会長として思うこと三つ。
1.年2回の定期展、春季展と秋季展、の開催を継続する。町外に転出した会員がそのまま
 会に残り出品してくれるのも大変心強い。札幌の坂口清一さん、仁木の志津照男さん方。
2.若い人を発掘し会に加入してもらう。
3.先輩が築いた伝統を守りさらに一層の発展を目ざす。

木田美術館に望むことは、堅実に諸活動をしっかり進めてほしい。
ナイトオープン等に美協会員の参加が多くなるよう呼びかけたい。
(O・Y)
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