FC2ブログ

点紛れ・線紛れ‐秋のナイトオープン‐

9月23日(金)、美術館秋のナイトオープンが催されました。近頃には珍しい秋晴れ。ナイトオープンは加藤芳信展のオープニングでもありました。加藤氏は岩内出身で79歳で初めて故郷での展覧会です。

 加藤氏が生まれ育ったのは、現在のかとう旅館の場所です。先々代はニシン漁を、父親の代に鍵屋旅館を営んでいました。現在のかとう旅館の経営者と芳信氏は無関係。

秋のナイトオープン1

 加藤氏は当日の午後3時に岩内に入り、まず展示会場である展示室4が旧友、知人、土方明司氏(平塚美術館)との再会の場となりました。開始20分前まで尽きない話し合い。わずか休んだあとの午後6時30分から作品解説、岡部卓学芸員をまじえての参加者との質疑応答がありました。終了後はナイトラウンジで、参加者がふんだんなドリンクと美術館スタッフの手料理を味わいました。

秋のナイトオープン2

 加藤芳信氏の画のめざめは、高校時代登下校時に画を描いている人物をみかけてからです。雪が降ってもおかまいなし。それが木田金次郎氏であると知るには時間がかかりませんでした。のちに筆洗液をとりかえる手伝いをします。数日後、図画教室で石膏のデッサンを鉛筆でしていると木田氏が現れ、木炭紙と木炭を与えてくれたのでした。それが画家への第一歩でした。高校時代の親友に故今井郁夫氏がいます。呉服商でたら丸のキャラクターを創案しました。その今井氏は小説「生れ出づる悩み」のモデルは木田氏だということを教えてくれました。また、活発、行動的で、卒業後も交際が続けられました。今井氏の死は、加藤氏にとり胸の裂ける悲しみでありました。

 加藤氏は岩内を離れたあと、教員をしますが、画描きへの志をもち上京します。習作を重ねた上、1975年に芳偲の画号でペン画を始めます。原点は岩内の雪虫です。1984年に加藤芳信と本名で制作をおこないます。これで異色作家としての名がゆきわたります。2000年以降は彩色の点描とミクストメディアによる線への変貌をとげます。
 一つのものを微少にしていくと、虚、空、清、浄の極小となり、それの一つひとつを数えると無量、大数という莫大な数になる。その境地を表現しようとするのが加藤作品でしょう。根気と忍耐により完成されたタブローは見る者の足をとどめさせます。
 展示室では、「へえ~こんな画家が岩内出身にいるんだ」とか、「岩内って画家の多い町なんだね」という声もありました。また、小学生の女の子が「ゆかたの柄にいいね」と母親に話しかけていました。

(M・R)
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

最近の記事
カテゴリー
最近のコメント
月別アーカイブ
最近のトラックバック
RSSリンク
QRコード
QRコード
  1. 無料アクセス解析