戦前・戦後の木田との縁―田上義也あれこれ(3)

田上義也といえば――。

みなさん真っ先に思い出されるのが、「旧小熊邸」ではないでしょうか。

札幌・小熊邸
現在はもいわ山ロープウェイの乗り場近く、
札幌市中央区伏見5丁目に移築。
喫茶店「ろいず珈琲館 旧小熊邸」として人気のスポットです。


木田金次郎美術館が田上義也の展覧会を企画するきっかけとなったのは、
木田の人物交流「木田金次郎の交流圏」にて、田上が重要な位置にあるからですが、
その鍵となるのが、この家をめぐる縁の深さです。

この家は、1927(昭和2)年に、
北大教授・小熊捍(おぐま・まもる)の自宅として建てられます。
小熊は北大の絵画サークル「黒百合会」の創立会員。
しかも「黒百合会」の名付け親でもあります。

顧問である有島武郎の命名案「土香会」を破ってつけられた、
この会の名は、
当時北大構内に咲いていたクロユリの花に由来します。

黒百合会の創立は、1908(明治41)年。
ちょうど100年前の第三回展で、
木田は有島の描いた作品に惹かれ、
出会うことになります。
また、1919(大正8)年の第十二回展に、
木田の作品が出品されたという記録がありますから、
木田と小熊の接点は様々にあったと考えられます。

時は流れ、戦後、
小熊教授は北大から転出され、この家の主が変わります。
1951年(昭和26)年から、この家に住んだのが、

円山自宅の島本融
北海道銀行初代頭取の島本融。
背後に見える窓枠などの細部は、復原されて現在も見ることができます。

この家に島本が住んだことで、
戦時中、建築の世界から離れざるを得なかった田上も、
戦後建築界に復帰、
また、島本と木田との出会いにもつながるのでした。

札幌・南一条西20丁目にあったこの家。
熱心な市民運動の結果、現在地に移築復原され、喫茶店として親しまれています。

完成して終わりではないのが建築作品。
現在もなお様々な縁を生んでいます。

木田との深い縁によって、
岩内での今回の展示に結びついているのでした。


ほっかいどうアート探訪
道内の美術館学芸員が執筆している連載
『北海道新聞』「ほっかいどうアート探訪」にて拙稿が掲載されました
(2010年8月6日文化面)。「旧小熊邸」について紹介しています。


(学芸員 岡部 卓)

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2010特別展示
木田金次郎の交流圏
「田上義也―北方建築の種」展
11月7日(日)まで開催中
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