一枚の地図から―田上義也あれこれ(1)

もう9月だというのに、岩内も暑くてたまりません。
本州はもっと大変かと思いますが…。

さて、これから時々、特別展示に関する話題をお伝えしたいと思います。
木田金次郎の交流圏「田上義也―北方建築の種」展も会期折り返し。
第1回目は、地図の話。

橋浦泰雄が携帯した『北海道詳図』
橋浦泰雄が携帯した『北海道詳図』 1922年 札幌・富貴堂発行

展示室の冒頭に近いところに展示しているこの地図。
田上義也と木田金次郎の出会いのきっかけをつくった、
日本画家の橋浦泰雄が携帯していた北海道全図です。

2007年の特別展示でもお借りしたので、
ご覧になった方もいるかもしれません。

この地図を携えて、橋浦泰雄は道内各地を旅したのでした。
彼がたどったルートは、青鉛筆で線が引かれています。

この地図、詳しいの何のって…。地図好きにはたまらないですよ。
1922(大正11)年当時の北海道の様子もわかります。

何を隠そう、地図好きな私。
小さな集落の地名も詳しく、昔の地名も数多く載ってます。
鉄道の分布も面白いですね。
当時、すでに岩内や寿都には鉄道が通っていましたが…、
(マニアックなので中略)

さて、岩内附近は…

岩内附近
岩内は橋浦泰雄が最初に旅したところ(1923年11月)。

この時代に橋浦泰雄は積丹半島を一周している!
(なにせ自動車道路が全通したのが平成9年)
にわかに信じられませんが、
橋浦が描いたこの地の「絵たより」も展示していますから、
間違いありません。

この地図の青線のうち、
道北、道東の旅に、田上義也が同行していたのです。

これは根室付近。
根室付近
橋浦と田上が国後島に渡ったのは、1924年4月末から5月はじめ。


根室から国後島に渡った旅で、田上は「北方建築」を志すのです。

北海道の建築家・田上義也の出発点となった旅。
詳しくは、展覧会場でじっくりと。

(学芸員 岡部 卓)

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2010特別展示
木田金次郎の交流圏
「田上義也―北方建築の種」展
11月7日(日)まで開催中
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