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3館バスツアーに参加して  講演で知る木田の新しい一面

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 10月10日、MRバスツアーに参加した。
12時過ぎに木田美術館出発。全員で15名。
まず共和町の西村美術館、学芸員の磯崎さんが案内役を勤めた。
西村は若くして当時の文展特選の栄誉に輝くほどの技量だったが、リアリズムからの脱皮を目指し戦後、美術の本場フランスに単身渡る。
知人坂口謹一郎を介し画商カーンワイラーとの出会いが彼の人生を決定づけた。
最初の個展で「日本的なよさが知的構築となって現れている」と高い評価を得、自分の画業の方向性に自信を持つ。
その特徴は線だ。キャンバスを自由自在に走り踊る線が私を捉える。
大小の丸が線の鋭さをやわらかげているようだ。
「バイオリンの音響」「おどろき」「あらし」こんな抽象度が高いモテイーフが絵になるのか。ふと小品に気づく。「あやめ」「紫陽花」これがまたいい。
次は倶知安町の小川原美術館。館前の紅葉した木々が私達を迎える。
何か素朴でぬくもりがある作品が気持ちを落ち着かせる。木田を交え3人の作家の生き方を私なりに見るとそれぞれターニングポイントがあるようだ。木田は大
火、西村は渡仏、小川原は戦争協力。
その試練の時期を乗り越え自分のアイデンテイテイを確立させている。

ここで美術評論家の吉田豪介氏の記念講演をお聞きしたが、その中で木田に関する部分だけ紹介したい。HBC勤務当時に木田と直接かかわりがあったそうだ。

・木田はテレ性だった。若い頃、東京で心ならずも落選の経験があり、以後公募展には一切出品しなかった。美術団体の創立会員にはなるが出品しない。HBCのロビーに来ては私を呼び出し内外の美術情報を聞き出そうとする。絶対に応接室に入ろうとしない。自分のことには触れない。

・有島が始めた黒百合会には大学生だけでなく中学生、師範学校生も絵を出した。三岸好太郎、繁野三郎達は美術のオリンピックに選ばれたようでうれしくてうれしくてと言っていた。木田もそうだったろうと思われる。

・評論家針生一郎が美術雑誌で「美術にとって様式が新しい古いは問題でない。それは作品の生命とは無縁である。」と木田を激賞した。その後、HBCの用件で東京出張の時、木田から「針生に会ってくれ」と頼まれた。気安く引受けたが到底そんな時間はなかった。ところが翌日速達で針生宅の詳細な地図を送ってきたので、個人的に予定を一日延ばし世田谷の自宅まで探して行ったが不在だったことがある。思ったことはどうしてもやる人。

講演の締めくくりは3人の代表的な絵をスライドで解説。木田はポプラ、大火直後の岩内港、菜の花畑、台風の跡、夏の岩内港、モイワの6点で木田の気持ちに踏み込むような味わいのあるコメントだった。
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最後が夕闇迫った木田美術館。学芸員の岡部さんから主な作品の解説もありツアー解散となった。
O.Y
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