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「第25回生誕祭」と特別展示「東京の木田金次郎」展

明治26年7月16日生まれの木田金次郎の誕生日を記念し、毎年行われている「木田金次郎生誕祭」が25回目を迎え、本年は7月13日に開催されました。
今回の生誕祭は残されていた東京での木田の写真や貴重な資料をスライドにまとめ、スクリーンに写しながら木田と東京との関わりについて学芸員が説明し、その後現在開催中の木田美術館開館25周年記念特別展示の「東京の木田金次郎」展の鑑賞と、東京とは木田金次郎にとってどのような意味を持っていたのかを展示作品の現在に至る経緯や背景を中心にしての解説がありました。

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木田金次郎と東京とのはじめての出会いは明治41年4月東京の開成中学に入学した木田がかつての小学校のクラス担任で東京帝大に在学し上野駅近くの下谷区車坂町に下宿をしていた柏村信のもとに身を寄せた時でありました。
その後明治43年家庭の事情で中学校を中退し北海道に帰りますが、札幌市で開催されていた第3回黒百合会展で有島武郎の作品を目にし、偶然見つけた札幌区白石町の有島の自宅を訪ねた事から始まった木田と有島との関係は大正7年小説「生れ出づる悩み」の誕生となり、木田金次郎は有島武郎やその周囲の人々との交流を通じて文化や芸術、思想や人生について多くの情報を東京から得る事になりました。

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時代は大正から昭和に移り、戦後昭和28年木田初めての北海道での個展が札幌市丸井デパートで開催され大きな反響を呼びました。
この頃木田の画業を評価し応援をしていた道銀頭取島本融、朝日新聞社論説主幹笠信太郎、独立美術の野口弥太郎などの尽力により昭和32年道銀東京支店での「油絵小品展」が、昭和34年と37年には朝日新聞社主催で日本橋高島屋を会場に「木田金次郎作品展」や「新作展」が開催されました。
相次ぐ東京での展覧会の開催で木田金次郎と東京との関わりは益々深まりました。作品を通じて多くの人々との縁も増しました。
現在木田美術館で開催中の特別展「東京の木田金次郎」展をご覧頂き「東京とは木田にとってどのような意味があったのか」あなたの答えを見つけてください。(M.T)
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