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雪降る中で どんざ忌 盛り上がる

 12月14日(日)は第14回どんざ忌。
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第4展示室正面に木田の遺影、
その右にこの催しを象徴する大きなどんざが
イーゼルに掛けられ私達を迎える。
 5時、参会者全員の黙祷と献花に続き、
現在展示中の「『生まれ出ずる悩み』の世界」について
制作者の日本画家瀧下尚久氏の講話を
お聞きする予定だったが、ご本人の希望で
NPO美術振興協会滝沢進理事長との対談の形で、
この企画にまつわる経過とか制作上のエピソードとかが
語られ興味深いものがあった。
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 6時、第2展示室に移動し、磯田憲一氏の朗読に
明楽みゆき氏のチェンバロ伴奏は昨年も好評だったが、
今回は山本周五郎の短編「嘘ァつかねえ」だ。
昭和25年にオール読物で発表したもの。
江戸は下町界隈の名も無き庶民の哀歓が
巧みな語りで私達を引き込む。
特に最後の場面で信吉が目にした松の真実の姿には
どうしようもない人間の弱さと愛おしさに深い共感を覚え余韻を残す。
約60名が息の合った絶妙な語りに耳を傾けた。
ただ参加者の中には聞き取れない部分があった人もいたようだ。
また、朗読前のチェンバロ演奏で日本の響き3曲
「ペチカ」「雪の降る街を」「中国地方の子守唄」は
やさしさとなつかしさが身にしみわたるようだった。
sumiyaki.jpg
 7時、ロビー・喫茶クルーズ全面開放したお目当ての交流会。
外の降りしきる淡い雪を見ながら手作りの鍋物をメーンにうどん、
芋の塩煮に塩辛、焼き魚、ニシン漬けにケーキと
多彩な料理にビール、お酒が入り口も滑らか、
konsinkai.jpg
あちこちに話合いの輪ができ木田を偲び交流を深めた。

以下お二人の対談内容要約である。

Q まず挿絵制作のきっかけについて
A 中日新聞では1月から3月にかけて挿絵つきの名作シリーズを企画し芥川龍之介、梶井基次郎の次に有島武郎の「生まれ出ずる悩み」が選ばれ私が挿絵を描くことになった。小説を読み直し舞台である岩内取材を思い立った。偶然岩内出身の知人から木田美術館のことを聞き、昨年12月に訪問した。荒れ狂う海、町民の冬の衣裳とかイメージつくりに役立ち37点の制作に結びついた。その中に海、花、人物、抽象的なもの等があり今後の自分の新たなる出発点にしなければならないと思う。

Q 制作ノート(イメージスケッチ)について
A まずアイディアをスケッチしそれを足したり引いたりして絵を作り上げていった。 (参会者全員に回覧)

Q 37枚の絵は順調にできましたか。
A 描き直しの連続で特に1枚目が大変だったが2作目からは制作も順調に進んだ。

Q 岩内の感想について
A とにかく寒かった。これが日本海の漁港であり木田が終生描き続けた町なんだと実感した。

Q 同じ海でも本州の海とは違うと思うが・・・
A 小説に荒れ狂う海で難破するシーンがある。ワンパターンにならないように小説の通りでなく自分なりに少し変えてみたりした。

Q 制作上の思い出があったら
A 紅ざけとかスケソは魚屋さんでスケッチし旅館で仕上げた。取材中に美術館で町の郷土館
収蔵品の一部が展示されていて浮玉、魚網、もっこなど参考になった。雷電や刀掛けは最も印象深く作品も愛着がある。3泊してスケッチしたがとにかく寒く、事務所に戻ってはコーヒー、そしてまた出かけるの繰り返しだった。


Q これからの仕事について
A 大変勉強させてもらったのでいろいろな作品に挑戦してみたい。

Q 大学で片岡球子さんに師事されたそうだけれどその印象は
A とにかく偉大なる先生。めったに褒めない先生だが私が富士山を一ヶ月かかって描き上げた絵は「いいじゃない」と認めてくれたことがある。常日頃「ものをしっかり見て描きなさい」と言われていた。

(瀧下さんに木田美術館のことを伝えたのは多治見市で陶芸修行中の岩内出身のSさん。今回のどんざ忌にお母さんと妹さんが参加されていた。)

(O.Y)
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