生誕祭記念講演「木田金次郎とフランス美術」要旨

7月18日(金)
講師:柴 勤氏(小川原修記念美術館館長)

木田美術館はその特色ある活動で道内では一つ頭抜けた存在だと思う。
展示や研究だけでなく群暉のような広報誌発行も他の館に例がなく大変がんばっている。
今日は木田芸術の背景としてのフランス美術について話をしたい。

講演会1

木田が東京遊学の頃、藤島武二、有島武郎・生馬、高村光太郎等の新進画家や知識人たちがフランスから帰国、最新の美術として印象派からフオービズムまでを紹介した。
木田は特にモネの影響を受けたのではないだろうか。
印象派は1874年の第一回印象派展が出発点だ。ここでモネは「印象 日の出」を出品、注目を浴びる。
当時の画壇からは異端視され全く理解できないと酷評の渦。それだけ革新的な画風だった。人を人らしく物を物らしく描いていない。すべて中途半端だ。こんなぼんやりした絵は絵でない。印象だけで描いたのだろうという手厳しい批判。
従来は制作に約束事がありその通り描けばよかった。だが印象派の出現後、画家たちは古いしきたりに拘ることなく自由に描けるようになった。
ルノアール、セザンヌ、ピサロ、シスレー・・・達だ。
最大の違いは光だった。
それまでは輪郭とか遠近法とかの技法重視でそれらしく描くことが求められた。それで物の本質が描けたのか。画家と対象の間に光、空気を通してみる。光により物の見方が違ってくるのでないか。女性の肌の色も固定色でなく光の当たり方によっては白っぽくにもなるのだ。
ドガはバレリーナをよく描いた。人工照明だが光の当たり方によって踊り子の衣装の色が変わる、その変化を描いた。

講演会2

木田は同じ対象を繰り返し描いている。そして物の本質に迫った。
海、断崖、茂岩、岩内港、波等。
色彩と線が交錯しているが、色彩の方を重視しているからむしろフオービズムの傾向が強いのでないか。
かつてクールベがレアリズム宣言をし画壇に衝撃を与えた。「私は天使は描かない。天使は見えないからだ。見えないものは描かない。」彼は同じ物を繰り返し観察し繰り返し描くことによってその物の実相に迫ろうとした。
木田の絵に取り組む姿勢と共通する。
モネも連作した。光の変化によって一瞬一瞬対象が変化する。それを掬い取って連作する。積み藁、ポプラ、建物、ルーアン大聖堂等がそうだが睡蓮の連作が止めを刺す。自宅に造営したシヴェルニーの庭園の池が最大の実験場になった。関心は池の水面だけ。睡蓮だけでなく水面に映し出されるまわりの草、木、太鼓橋に空や雲にいたる一切つまり宇宙全体を時間の経過に合わせ描こうとした。作品の出来不出来は眼中になく描くことそのことが大事だった。 
セザンヌのリンゴの連作にも同じ姿勢がうかがえる。きれいに描こうとか喜んでもらおうでなく描くこと自体に価値があるという強烈な思いが迸る。
日本人画家なら富岡鉄斎の好きな物を好きなように描くということだろうか。

講師略歴 1953年土浦市に生まれる。北大卒後、近美はじめ道内の道立美術館を学芸員として勤務、近美学芸部長を最後に退職され現在は小川原脩記念美術館館長としてご活躍中である。(O・Y)
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