いよいよ札幌で!「北海道銀行コレクション」

もうすぐ2月。
昨年夏に当館でも開催した「北海道銀行コレクション」が、
いよいよ札幌で披露されます。
会場は、こちらも改修工事をしている北海道立近代美術館 
この展覧会が、再開後はじめての展覧会でもあります。

「北海道銀行コレクション」ポスター

木田金次郎と初代頭取・島本融との出会いにはじまり、
3度の共催による展覧会開催など、
関わりの深い北海道銀行と木田美。

そのご縁で、今回の展覧会は、
木田金次郎美術館が企画協力しています。

これまで数度の実行委員会を経て、
作品選定、展示構成、図録作成などの作業が進んでいます。
来週にはいよいよ展示作業。私たち職員一同も札幌に乗り込みます。

また、会期中の平日は、当館職員が会場受付を担当します。

道銀所蔵の美術作品から厳選した全144点。
木田金次郎の作品は、所蔵する全点が出品されます。

コレクションのお膝元、札幌での展示ははじめてのこと。
しかも入場無料です。この機会をお見逃しなく。

それでは、札幌でお会いしましょう!

(学芸員 岡部 卓)

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創立60周年記念
北海道銀行コレクション
2月3日(金)~2月26日(日)
北海道立近代美術館 入場無料
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なお、この展覧会の会場準備のため、
2月2日(木)・3日(金)は、
木田金次郎美術館仮事務所をお休みさせていただきます。
「ふるさとこども美術展」開催まで土日もお休みしますので、
ご了承ください。
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仮暮らしのキダビッティ

 岩内町庁舎に引っ越ししてきて3ヶ月が過ぎました。
超レトロな庁舎に最初は少し戸惑いましたが、『住めば都』ですね。
引越の時、荷物運びには難だった、急で一段一段が高い階段も少し太り気味の我が身にはちょうどよい運動になります。
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すきま風の入る窓にはプチプチを貼らせていただきました。
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暖房は備え付けのものがありましたが、ちょっと調子が良くなく、役場から石油ストーブをお借りしました。これがまた暖かい!
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電気は、何度かブレーカーが落ちるという事態になりましたが、なんとか節約・節電で、みんなで色々考え創意工夫をしています。水洗ではない昔ながらのトイレにも慣れました。今では町職員の一員になったように馴染んでいます。
3月にはまた美術館に戻りますが、それまでもう少しの間お世話になります。(T・M & G・I)

若洲一滴文庫を訪ねて 最終回

 今回の美術館に係る用件で関西に足を運んだ私達が最後に訪れたのは岡崎公園にある京都市美術館である。
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今夏6月25日より10月16日まで「フェルメールからのラブレター展」、9月13日から11月27日まで「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」が開催されていた。二つの人気展覧会を見る幸運に恵まれた。
フェルメール
フェルメール展は日本初公開の“手紙を読む青衣の女”(アムステルダム国立美術館)、“手紙を書く女”(ワシントンナショナルギャラリー)、“手紙を書く女と召使い”(アイルランドナショナルギャラリー)など43作品が展示されていた。コミュニケーションをテーマに肖像画や風俗画を通じて17世紀オランダの世相が紹介され、識字率の向上で文字による個人間の文通、出版による社会的情報伝達などコミュニケーションに係る作品が展示の中心であった。ホーホ、ステーンなどオランダ絵画黄金期の作品も並んでいた。画面左から差し込む独特の光の質感で描かれたフェルメールの作品が印象深かった。

ワシントン・ナショナル・ギャラリー展は印象派、後期印象派の作品83点が来日し、日本人にもなじみ深い作家の作品が多く、親しみを感じながら鑑賞した。
ゴッホ
ゴッホの自画像、ルノワールのモネ夫人とその息子、セザンヌの赤いチョッキの少年、カサットの青いひじ掛け椅子の少女、スーラーのオンフルールの灯台等日本で初公開の作品も多かった。印象派登場の先駆である。パルビゾン派や写実主義を唱えたクールベの作品も興味深かった。素描や水彩、パステル、版画の27作品はゴーギャン、ロートレック、ドガ、ピサロ、シスレーの名があった。美術ファンなら多くの人々が知っている名品を所蔵するワシントン・ナショナルギャラリーは実業家のアンドリュー・メロンがコレクションを寄贈し、1941年にアメリカの首都ワシントンDCに創設された。その後所蔵品や収集資金などは総て一般の人々の寄贈で運営されている。国民・市民が作り上げた美術館と云える。「みんなで創る美術館」を掲げる木田美術館のあり方にも大いに重なる所があった。

京都市美術館で二つの展覧会を見た後、中京区三条高倉の京都文化博物館に向かった。米国ギッター・イエレン財団所蔵の日本美術作品107点が並んだ「帰ってきた江戸絵画」展を鑑賞した。
江戸
俵屋宗達、伊藤若冲、与謝蕪村、池大雅、酒井抱一、谷文晁などの作品が「アメリカ人コレクターの見た日本美術の魅力」という視点で展示されていた。今回の旅の終末は、滅多に無い機会とはいえ大きな展覧会を三個所も廻り、全員ダウン寸前となった。千歳に向かう機内では疲れ果てた一行が言葉も無くひと眠りという仕儀となりました。
(M・T)

山岸さんの絵を訪ねて

 21日、雁原さんと北海信金岩内東出張所を訪れた。以前から店内の山岸正巳さんの絵がすばらしく紹介しようと思っていた。ベテラン職員の佐々木さんに説明役となって頂いた。佐々木さんはそもそも開館母体の「考える会」創立メンバーで、以降何くれと美術館を応援している。現在は郷土館運営の重要ポストに就き八面六臂の大活躍。

 店内正面の大作「スイス ローザンヌ水辺」(1979 S54)
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フランス修行中に足を伸ばし、スイス西部に位置するレマン湖畔のこの美しい文化観光都市で制作したのだろう。湖と湖畔にそそり立つ大きな建築物、スケールの大きさを感ずる。

 右側に「岩内漁港前」(1957 S32)
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悲劇の大火3年後、新築の漁協と岸壁に繋留されたた沢山の漁船。往時の活気が甦るようだ。
 
 ロビーの奥まった所に一枚。やはり町内の画家、森谷一夫さんの「初秋の神仙沼」がある。S63,11とあり、店舗
の新築記念の作品という。
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山に湖、手前の木と取り合わせ絶妙。

 次に中央通支店へ。応接間の山岸さんの風景画「堀株海岸」が目を奪う。1979(S54)の作。
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手前に荒れた感じの港の跡か、そして洋々とした日本海に広がる。

 並んで小品「花摘む子ども」。
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フランス人の子ども二人のあどけない表情、仕草がかわいい。制作年等不詳。

 ロビーに一枚「スケソ数匹」。
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山岸さん独特のタッチで今にも泳ぎ出しそうなリアルさ。ぬめりの表現には心を砕いたそうだ。この町の人が山岸さんの絵をなぜ好むかわかるような気がする。

 お忙しい中、案内していただき佐々木さん有難うございました。(O・Y)

大人の絵手紙教室に参加して

 閉館中のイベントである「大人の絵手紙教室」が12月17日(土)午後1時から文化センターで開かれた。絵手紙は初めてなので主人と2人で申し込んだ。定員20名もクリアされ、賑やかな教室となった。
 初めに名古屋から来られたという日本画家の瀧下尚久(まさひさ)さんが講師として紹介された。
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瀧下さんは2008年に木田美術館で個展を開いているので、今回で岩内は3度目とのことである。
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 講師から描き方の説明があり、その時気さくな印象だったので内心ホッとして早速取り掛かった。水彩画は始めに鉛筆などで下書きし、形が決まったら少しずつ色を載せていくのだが、絵手紙は最初から絵の具で描くとの事である。また題材も資料の絵と野菜や果物たちで私のテーブルにはカットされた南瓜、みかん、大根が置かれていた。
 さて、何を描こうかなと暫し題材とにらめっこ、結局南瓜に決めた。まず紙パレットに使う色を搾り出し筆につけたが、身体が思うように動かない。最初の一筆がなかなか踏み出せないのである。思い切って紙に筆を押しつけた。そして息を止め一気に輪郭を描いた。ハァー!疲れた。
 みんなはどうしているのだろうとそっと辺りを見回した。同じく息を止めているのか静かである。ヨシヨシ、南瓜の皮、種などを適当(?)に描き、みかんも大根も続けて描いていった。
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 1時間ほど過ぎて5,6枚描いた頃からがやがや、ぺちゃくちゃ、女性特有の賑やかさが戻ってきた。そして私も自分の作品を持ち隣のテーブルへ。お互いの作品を見せ合った後再び描いてみたら意外や結構スムーズに描けるのである。
 最後に、それぞれの「私の1枚」を持ってパチリ、本当に楽しい講座であった。
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次回もありますか?是非!!(T・T)

「生れ出づる悩み」の朗読を終えて

深~く考えないで、簡単に物事を引き受けるのが、私の悪い癖。今回の朗読もそうかな?と思いつつ、受けたからには渾身の気で自己陶酔に達するのだ、と言い聞かせ、ある雑誌の付録についてきたプロの朗読を聴いて勉強しました。
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特にせりふの部分、2人の登場人物のその声の違いをどうしたら聞きやすいか、更に言葉に感情を出そうかと心掛けました。
しかし、理屈っぽくて読みづらい箇所だなぁ、違う箇所の方が良かったなあ、とか我儘な事を思ったり、有島武郎は理屈好きで気難しい人柄なのだ、勝手に作者を解析したり…。当日まで風邪をひかないように気をつけて、無事終わった時は「ほっと」しました。
「どんざ忌」に朗読の場を与えていただいた美術館、並びに参加者の御静聴を感謝します。(M・H)
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第2部の交流会の様子

Volunteer Diary

 仮事務所で資料部3名の切抜きが続く。環境一変し得難い経験も新鮮で楽しい。

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 仮住まいでの仕事は寒さをどうしのぐかも大事だ。テーブル下はダンボールを敷き詰めているが冷気が足元から忍び上がる。フロアのPタイルがあちこち剥がれている。昨日、文化センターで全体会議とD104どんざ編集会議があった。月一度の顔合わせ、元気を確かめ合う。ホワイエで「きだび写真館」展示。特に開館前後の懐かしい写真前に立ち尽くす。

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 階段を上がり右折する。すぐ仮事務所、向いが会議室、突き当りが企画経済部。この部だけが何でこんな不便なところにと思う。くじで負けたのか。今日もダウン着たままで作業する。15日予定のどんざ忌交流会の軽食の準備が進んでいる。

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 昨夜第17回どんざ忌。文化センター2F。献花後名作「生れ出づる悩み」の朗読が圧巻だ。読み手はボランティアの水戸さん、抑揚、間の取り方等さすがの出来ばえで15分間聞き入る。交流会も話が弾み白鶴の甘酒も十分堪能した。

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 今夜から猛吹雪荒れ狂うとの予報だ。ところで役場にはいろんな人が出入りする。今日はたこ売りがやって来た。廊下でのやりとりがどうもそれらしい。「ひまわり」の英語のオクトパス先生を思い出した。つい行って見てみようかと気持ちが動くから妙。
(O・Y)

若洲一滴文庫を訪ねて その3

 日も暮れ車窓より家々の灯も見え始めた頃、車は西大津バイパスから山科に入り、外環三条通りを進み日ノ岡、蹴上から京都市街地に入った。今朝神戸空港を発ってから今夜の宿、中京区京都市役所前のホテルまで走行距離は260㎞であった。
 一夜明けた翌朝、私達は左京区岡崎の黒谷に向かった。会津藩殉難者墓地、一般に会津墓地と呼ばれている西雲院に行くためである。一行の中に会津藩士を祖とするU氏が居て、一度同郷の一人として参詣をしたいとの思いがあり、かねてからの願いに私達も同道した。
U氏
幕末、将軍徳川慶喜に請われ京都守護職となった藩主松平容保に従い上洛した会津藩士は京都御所を中心に洛中が一望出来る「金戒光明寺」を本陣として駐屯した。この寺内、文殊塔の裏手に会津墓地があり、文久二年から鳥羽伏見の戦まで幕末動乱期に亡くなった会津藩士352人が眠っている。参詣をすませ、坂道を下り白川通りからバスに乗った。今回、旅の移動車中で大学の学生食堂のラーメンの値段が話題となった。先述のU氏と筆者は東京神田で学んだ同窓の徒である。U氏が学食で払ったラーメンの値段は35円。筆者は30円。この5円の差は在学年代の差であり、また世代の差でもある。平成23年の今、学食のラーメンの値段はいったいいくらか。この疑問を解くため今出川通り同志社大学前でバスを降りた。同志社大学
この春、館長のお嬢さんが同志社大学に入学していた。学内にいくつかある食堂のなかで学生が一番良く利用する学食の場所を教えてもらい明徳館校舎の半地下の学食に入りラーメンを注文した。値段は339円であった。味は程々で麺の量は街中の一般的なお店に比べ二割位は多いようで、食欲旺盛な学生を相手の学食の健在振りを感じた。
(M・T)
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