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アーバンギャラリーでの「木田金次郎展」

札幌市中央区に萬田記念財団が開設した「アーバンギャラリー」が在る。
2018年6月1日より10月31日までこの会場で「木田金次郎展」が開催された。

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訪ねて見ると木田金次郎の作品、雪の茂岩、魚、灯台、岩内港風景、海岸の岩、花(百合)、林檎の図の7作品と他に藤田嗣司、三岸好太郎、今田敬一、小谷博貞、難波田龍起の5作品が展示されていた。いずれも萬田記念財団のコレクションと聴いていたが、それぞれに完成度の高い作品が並んでいた。

今回会場に展示された木田作品の中でも「雪の茂岩」は1962年12月に脳出血で旅立った木田金次郎が前年の1961年に描いた最晩年の作品でひときわ存在感を示していた。この作品は岩内町の木田金次郎美術館所蔵の「春のモイワ」、札幌市の道立近代美術館所蔵の「秋のモイワ」と共に茂岩3部作の冬の作品である。厳しい冬の泊村盃海岸茂岩にある雪を纏った弁天岩を模写したこの作品は、後年木田文子夫人が同人誌「燐光(リンコウ)」のVOL.6に「木田はモイワに託して己自身を描いている」とその出来栄えを記し、文章に綴った木田の代表作である。

木田金次郎は断崖や波、岩や山など身近な故郷の自然や港の風景、薔薇や林檎などを画題に終生ひとつのモチーフを徹底して追求する制作姿勢で数多くの連作を重ねた画家である。今回のアーバンギャラリーの展示作品にも幾度も現場に足を運び、本質に迫り、筆を加え、得心がゆくまで描き続けた木田金次郎の画業が垣間見えた思いで会場を後にした。(M.T)
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木田金次郎ちょこっと又聞き

Dのママさんから
 実家が農家をやっていて、木田さんが時々遊びに来て話をしていた。帰りには野菜や米の俵を軽々と肩に担いで大股で歩いて行ったそう。大きな人だったという印象だった。

元岩内美術協会会員から
 逞しい身体で健康で丈夫な人だった。笹谷貫太郎さんたちと絵を描いていて、絵の話になると時間を忘れて夢中になって激しく口論していた。絵のことになると厳しかったそうな。
(S.S)

―「木田金次郎展」府中市美術館への道中記―

『有島武郎「生れ出づる悩み」出版100年記念・青春の苦悩と孤独を歓喜にかえた画家達「木田金次郎展」』と云う大変長いタイトルの展覧会が東京の府中市美術館で始まりました。

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今回39年振りに7月21日から東京での木田金次郎展開催と云う事で、瀧澤館長に岩内美振協のメンバーを加えた私達4名は開会日翌日に府中市美術館へ向かいました。
7月22日朝、千歳空港は折からの観光シーズンで大勢の乗客で大変混雑し、10時30分発のANA56便は30分遅れの出発となりました。府中市美術館にはすでに展示作業の監修等の開催準備のため、7月18日から岡部学芸員が出張し、展覧会初日の7月21日には木田金次郎の画業や人物像を中心にギャラリートークを行なっておりました。
これらの仕事が終わった岡部学芸員は7月22日に羽田から千歳へJAL便で帰路につきましたので、府中に向かっていた私達とはどこかですれ違った事になります。


岩内を早朝6時30分にS君の車で千歳空港に向け出発した私達は、羽田空港に到着したらとりあえず食事をして府中市へ向かう予定でしたが、飛行機の遅れとリムジンバスの出発時刻の関係でただちに羽田空港から調布市行きのバスに乗りました。調布市からはタクシーで午後2時30分過ぎに府中の森公園にある美術館に到着しました。岩内町から8時間の道のりでした。

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府中市美術館では志賀学芸係長にご挨拶し、エスカレーターで二階の展示室に移動しました。
そこには以前木田美術館で講演いただき、東大での研究生活の後、広範囲の領域で執筆活動をされている本田成親先生、2012年志賀学芸係長と木田美術館に来られた府中市地域美術のリーダー吉田裕子さん、木田美術館の演奏会やピアニスト西村由紀江さんのコンサートプロデュースなどで岩内に幾度も足を運ばれたおなじみの地域史研究者斎藤弘美さんなど旧知の皆さまがお揃いでした。
私達はそれらの皆さまに久し振りに再会したご挨拶をし、今回の展覧会にも何かとご尽力頂いたお礼を申し上げ歓談の輪が広がりました。


その後展覧会場を時間をかけて一巡し、午後5時美術館の閉館時間となりました。
コーヒーブレークの後5時半頃本田先生と志賀学芸係長の車でJR中央線小金井駅まで送っていただき、電車で宿泊するホテルへ向かいました。ホテル到着後近くのレストランで夜7時半頃より斎藤弘美さんを交えての夕食会となりました。
朝6時30分に岩内町を出発し食事もせず13時間、中味の濃い一日となりました。夕食会39年振りの東京での木田金次郎展の話題で会話も弾み、ビールがひときわ美味しいひとときでした。(M.T)

39年振りに東京で、「木田金次郎展」開催される

東京都府中市美術館で7月21日より9月2日までの会期で「青春の苦悩と孤独を歓喜にかえた画家達・木田金次郎展」が開催されました。
1918年3月有島武郎が発表した新聞連載小説「生れ出づる悩み」は、文中に私として登場する作者の有島武郎と主人公の青年画家木本のモデル木田金次郎との出会いとその後の交流を通じて創作と生活の苦悩をテーマに書き進められた作品で、同年9月改稿、追補し書籍として刊行されました。日々の生活に追われながらも創作へ思いを断ち難く苦悩する青年画家大本と、小説家として創作活動を続ける作者自身の思考や悩みなども反映された物語です。

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「生れ出づる悩み」出版100年を記念として企画された今回の展覧会は有島武郎の文献や資料等52点、木田金次郎の油彩絵画80点、更にこの小説をテーマとした公募展に入選した若手美術家の作品20点、生活と創作の葛藤を云った視点から福井県若狭で炭焼きをしながら絵画制作を続けた渡辺淳の作品13点、その創作活動に深い理解を示した作家水上勉の水墨画2点で構成され“人はなぜ描くのか?”創作の原点を探る展示にもなっておりました。

1962年日本橋高島屋で開催された「木田金次郎新作展」以来39年振りに東京で木田作品80点が展示された今回の展覧会は有島記念館、木田金次郎美術館、そして有島武郎が眠る多摩霊園が在る府中市美術館の三者が協力したプロジェクト実行委員会により開催されました。

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府中市は教育関係施設も多く、文教関係は勿論のこと芸術文化についての理解と関心が行政や市民レベルでも極めて高い地域です。府中市発行の広報誌「ふちゅう」7月号の一面トップ記事で今回の展覧会が紹介され又、「府中市美術館だより」№48では表紙を木田作品“秋のモイワ”で飾り、2ページにわたり特集記事で展覧会の解説がされておりました。

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展覧会場では小中学生がノートを手に作品鑑賞をして熱心にメモを取っている姿が数多く見受けられ印象的でした。(M.T)

アンティーク・レース展*松濤美術館 

渋谷区の松濤美術館は、建物自体が見るべき価値があり、長い間行ってみたい場所でした。
 今回は、世界的なアンティークレースのコレクター、ダイアン・クライシス氏の膨大なコレクションの中から16~19世紀のレース全盛期の作品が中心に展示されていました。

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 王侯貴族の富と権力を象徴するレースは、城や宝石をも凌駕すると言われるほど、超絶技巧で作成された芸術品でした。
あまりの繊細さに、このレースを身にまとい動き回れたのか?と疑問に思うほど。現在おなじレースを作れるかと問うと、大変難しく、多くの技術は失われてしまったそうです。レースは、糸の宝石~と呼ばれた理由に納得しました。

 木田美術館では労働着の「どんざ=木綿の刺し子」を慈しみ、木田金次郎の命日を「どんざ忌」と命名し、お土産にボランティア手作りのミニどんざを販売しています。

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 対照的な手仕事の布製品を思い浮かべ、一針ずつ仕上げていく人の思いを感じさせられました。(S.K)
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