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ご協力ありがとうございました

東日本大震災から8年が過ぎ、今現在も復興活動が行われている現状である東北地方の方々への募金活動を木田美術館で行なっています。
皆様のご協力があり、16,285円の義援金を寄付させて頂きました。
引き続き募金活動を行なってまいりますので、ご協力よろしくお願い申し上げます。

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河鍋暁斎はうまかった!

2月上旬に上京して、久しぶりにサントリー美術館へ行って「河鍋暁斎その手に描けぬものはなし」を見てきた。
若年時に歌川国芳に浮世絵の風刺画等を学び、のちに駿河台狩野派に師事し伝統的な日本画や水墨画を描いた河鍋暁斎。
その画業は卓越した画技を持っていた。江戸時代末期から明治時代という怒涛の時代を駆け抜けながらも、自分を見失わず絵を描くことにすべてを注いだ作品の1枚1枚はため息が出るほど、力強くまた繊細で美しい。仏画、花鳥画、美人画、風刺画、妖怪画など多岐にわたるジャンルで、同じ人間が描いたとは思われないほど作風の筆勢が異なる。特に狩野派の流れを受け継ぎながらも、奔放に自分独自のものと変化させている絵を見ていると「すごい!」とうなってしまう。
時代の枠を超えて天高く飛びたつ龍を見るようだ。

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日本ではそう有名でなくあまり高い評価はなされていないようだが、その作品は大英博物館やイスラエル・ゴールドマン・コレクション収蔵のものがたくさんある。
来館者はあまり多くはなく、イギリスからの里帰りのものもあり、これだけの作品が一堂に集まるのは稀有なことなのでとても残念だった。その分ゆったりと鑑賞できたのはありがたかった。時間があれば何時間でも見ていたかった。(S.S)

徳川美術館を訪ねて

冬晴れで空気の冷たい一月下旬、私は名古屋市東区徳川町1001尾張徳川家邸宅跡地に建つ徳川美術館に向かいました。
駅からバスで20分程のこの美術館は江戸幕府御三家筆頭62万石の尾張徳川家に伝わる大名道具を中心に国宝9点、重要文化財59点、重要美術品46点を含む一万点余りの所蔵品を有し、美術館本館も国の有形文化財と云う興味深い美術館でした。

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チケットを手に入館した展示室には武家のシンボルである武具・刀剣類がありました。3代藩主綱誠が着用した「黒塗白糸威具足」、13代慶藏所用の「葵絞蒔絵糸巻大刀拵」、初代義直所用の「金綱代笠馬標」、その他脇指、短刀、火縄銃など57点が展示されておりました。いずれも戦いで用いられる品と云うだけではなく“武具は武士の魂”と云われる通り、それぞれ気品があり美しく見事な品々でした。
次の展示室には江戸時代大名邸で行われる御数寄屋の接待茶席で用いられその道具によってその家の格が評価されるとも云われた「茶道具」がありました。戦災で焼失した名古屋城二之丸御殿にあった国宝「猿面茶室」が復元され、尾張徳川家が所用した数々の名品の中から花生、釜、水指、竹茶杓、天目茶碗など30点の展示品がありました。

又このあと2月23日から3月3日まで豊臣秀吉に切腹を命じられた千利休が自ら竹を削り、利休最後の茶会に用いた竹茶杓「泪」が公開されるとありました。
次の展示室では名古屋城の能舞台が原寸大で復元され、桃山時代の能面「小飛出」、江戸時代の能面「黒髭」など面が6面と「赤地蔦唐草文金襽舞衣」などの衣束9点、「翁烏帽子」など道具6点が展示されておりました。徳川美術館が能面126面、狂言面30面を所蔵し、量質共にその内容が高く評価されております。能面をじっと見つめていると色々な表情が見えてくるのが不思議でした。

今回の訪問で私が一番楽しみのしていた「源氏物語絵巻」は最後の展示室にパネルと映像で紹介されておりました。
紫式部の源氏物語を絵画化したこの作品は平安時代から戦国時代の戦乱で大半が失われ今に伝わるのは4巻のみでその内の3巻が徳川美術館にあります。
約1000年程前の絵巻は国宝の大変貴重な作品なので公開が限定され、今年度は昨年11月3日から12月16日までの特別展のみと云う事で誠に残念ながらオリジナルの作品を目にする事が出来ませんでした。
古来からの日本人の美意識と技を感じた一日でした。(M.T)

『生れ出づる悩み』出版100年記念展 ~各会場を巡って~

1918年有島武郎が木田金次郎を主人公に小説「生れ出づる悩み」を発表して100年目を迎えました。
これを記念して『生れ出づる悩み』出版100年記念「有島武郎と木田金次郎」展が企画されました。

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2018年7月21日から有島武郎の眠る多摩霊園が在る東京都の府中市美術館からこの展覧会がスタートし、10月3日から札幌市のプラニスホールで、11月23日からはニセコ町有島記念館へと巡回しました。各地会場の展示スペースの関係で展示品に若干の増減変更がありましたが、構成内容は変わらずに開催されました。

この巡回展を見て感じた事は各会場の面積や構造に違いがあるので当然ながら展示作品の作品間隔、上下の空間、天井高、照明、展示品と鑑賞者との位置間隔、通路の幅、歩行導線などにより同一内容の展覧会でも印象がかなり異なると云う点です。
又、文学資料関係の展示では説明文や資料の内容を読む時、文学の大小や展示物との間隔距離により文字が読みずらかったり、判読困難な場合も有ります。そのため鑑賞者の流れが滞ったりする事も見受けられました。

絵画作品では会場全体の明るさや、間接照明か直接照明かなどにより展示会場全体の雰囲気が異なりました。作品への照明もスポットライト光源の違いと照明機材の位置や角度により、作品の輝きに違いが出て、絵画の表情に変化を感じました。
展示技術の良否が展覧会の評価に関わる場合もあると思いました。
この展覧会は木田金次郎美術館が巡回展の最後の展示です。(M.T)

出版100年記念ポスター・チラシ-1

アーバンギャラリーでの「木田金次郎展」

札幌市中央区に萬田記念財団が開設した「アーバンギャラリー」が在る。
2018年6月1日より10月31日までこの会場で「木田金次郎展」が開催された。

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訪ねて見ると木田金次郎の作品、雪の茂岩、魚、灯台、岩内港風景、海岸の岩、花(百合)、林檎の図の7作品と他に藤田嗣司、三岸好太郎、今田敬一、小谷博貞、難波田龍起の5作品が展示されていた。いずれも萬田記念財団のコレクションと聴いていたが、それぞれに完成度の高い作品が並んでいた。

今回会場に展示された木田作品の中でも「雪の茂岩」は1962年12月に脳出血で旅立った木田金次郎が前年の1961年に描いた最晩年の作品でひときわ存在感を示していた。この作品は岩内町の木田金次郎美術館所蔵の「春のモイワ」、札幌市の道立近代美術館所蔵の「秋のモイワ」と共に茂岩3部作の冬の作品である。厳しい冬の泊村盃海岸茂岩にある雪を纏った弁天岩を模写したこの作品は、後年木田文子夫人が同人誌「燐光(リンコウ)」のVOL.6に「木田はモイワに託して己自身を描いている」とその出来栄えを記し、文章に綴った木田の代表作である。

木田金次郎は断崖や波、岩や山など身近な故郷の自然や港の風景、薔薇や林檎などを画題に終生ひとつのモチーフを徹底して追求する制作姿勢で数多くの連作を重ねた画家である。今回のアーバンギャラリーの展示作品にも幾度も現場に足を運び、本質に迫り、筆を加え、得心がゆくまで描き続けた木田金次郎の画業が垣間見えた思いで会場を後にした。(M.T)
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