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2018美術講座終わる

年4回5月から奇数月の第2土曜日は、木田美術館恒例の講座が開催されている。
11月10日は今年度最後の講座なので終講式も行われ4回出席した8名に修了証書と記念品が渡された。

今回の講座は、“出版100年有島武郎「生れ出づる悩み」”の巡回展について説明があり、7月21日(土)から府中市美術館、10月13日(土)から札幌JRタワープラニスホール、11月23日(金祝)からニセコの有島記念館、そして最後は2019年1月12日(土)から3月31日(日)までの木田美術館での開催となる。

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内容は有島記念館から殆どの資料、木田美術館からは木田の作品60点と、近代美術館と北海道銀行からの木田の作品20点合わせて80点が展示されたのである。
また展示室4で開催された平成の「生れ出づる悩み」の若い人の作品や、岩内出身のはり絵画家藤倉英幸氏の作品も展示されたという。これを聞いただけでも如何に展示スペースが広いか想像できる。

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木田美術館も作品の展示が必要なので、収蔵庫は写真で拝見したのだが、中はがらがら、広い空間に残された作品がちょっと可哀想に見えた。ついこの次は展示してもらえるからねと心の中で呟いた。
岡部学芸員はこの計画が決まってからのエピソードを楽しそうに話してくださった。絵の運搬の難しさ、関わった方々との不思議な巡り合わせ、大きな都市での展覧会の効用などなど。例のごとく時間は大幅にオーバーし、まだ話足りない様子ではあったが、ここは押して終了し美術館の企画展の説明のため展示室1へ。
最後はティラウンジで瀧澤館長のご厚意でコーヒータイム。無事今年の講座も終わった。(T.T)

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第128回岩内美術協会秋季展よかったね

 圧倒される100号の「おかえり」は別な切り口だった。新井場豊の新しい絵はバックに海岸と船を青の同系色で描き、大きな鮭が川へと戻ってゆく感じだった。鮭の表面は皮だけでなく中身も見せている。骨とかも描いていて生き様を見せたいと言うことだった。昨年の全道展の絵より、ノスタルジーがあり、柔らかい表現になっている。

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 「季節の詩」早瀬文子 青と紫の空に白い鳥のような飛翔物があり、視点が上へと上がってゆく。白い線のリズムがすごく動きを出している。1年1年面と線で表現していっている。いつもは暖色だったのを寒色にしてみたそうだ。秋から冬、そして春へと動いてゆく自分の気持ちを表現してみた。鳥のように飛んで行く感じをだしたかった。絵を描いていて少し苦しいんだけれど、年2回やって行く中で挑戦していきたい。研究していきたい。次の1枚そしてまた1枚と変えて行く早瀬さんの感性の豊かさ、絵を描く姿勢の真剣さが伝わってくる。

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 「さかな」山川由紀子 秋刀魚をモデルにしたそうだ。たくさんの秋刀魚の群れと少し外れた位置の秋刀魚との物言わぬ対比が印象に残る。暗いところの秋刀魚はマスキングを使ったそうだ。ガッシュではなく透明水彩絵の具を使ったら海の色がなかなか出なく10回20回と重ねている。海の底から見ている太陽という感じで明るくしている。重ねるたびにドライヤーで乾かして又着彩するという手間がかかっている。

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 「未来」林真広の絵は奥の真ん中に砂時計を入れて、砂丘と対比させている。
3人の個有色がそれぞれ違っているのは、人生にはその人なりの色があるというのを表したかったそうだ。砂漠の遠近感がしっかり出ていて、シュールレアリズムの感じがしておもしろいニュアンスの造りになっている。

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 岩内美術協会は若い人たちが入り、年配の人たちとのコラボレーションがおもしろい味を出していた。(S,S)

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24回目の開館記念日

気持ちの良い秋晴れの文化の日は木田金次郎美術館が開館して24年目を迎えました
日頃からたくさんの方々のご支援ありがとうございます。

当日は155名ものお客様が来館され、一日中にぎわっていた美術館でしたが、ワークショップに参加されていたお客様は熱心に展示室の作品を見て難問に挑んでいました

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今年も学芸員からの出題で行われたワークショップですが、美術館職員やボランティアさんまで惑わされる問題もあり、首を傾げながらヒントを求めるお客様が多数いました。問題を解きながら絵をみるとさらに面白いと大好評でした

また1年さまざまな企画がありますので木田金次郎美術館をよろしくお願いいたします。(S.N)

プラニスホールにて

 札幌のプラニスホールでの木田金次郎、有島武郎展を見に行った。
会場は余り広くなくその中に有島武郎関連の手紙などの資料、木田金次郎の作品と「生れ出づる悩み」展の若い作家の作品とが並んでいた。東京の府中美術館展より少ない点数だということだった。木田金次郎と若い作家たちの違いがおもしろく「生れ出づる悩み」というテーマの設定がとても良かった。

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2人のお客様に感想等を聞かせてもらった。
1人は30歳代の男の方で、新刊本の「生れ出づる悩み」を読んで見に来たそうで初期の印象派的な作品はわかりやすいが、後半の抽象的な絵はよくわからないと話していた。
60歳代の女の方は教科書に「生れ出づる悩み」の文が載っていたので木田金次郎を知っていた。岩内町の木田美術館も数回来ていたということだった。この展示会を知ったのはさっぽろ自由学校「遊」のインスタグラムだそうで、宣伝方法をもう少し工夫した方がいいのではないかといわれた。(S.S)

写真展 「岩内線の最後の日」に思う

昭和42年12月、私は秋田から岩内に嫁いで来た。
当時はまだ国鉄だったので、奥羽本線特急「白鳥」で青森まで、青函連絡船で函館まで、そして函館本線特急「北海」で倶知安で普通列車にのりかえ、小沢で又のりかえて岩内へ。
今考えるとかなり時間がかかっているが、その当時はそんなもんだと思っていたので、心はもう岩内の人間!! 岩内駅は私にとって実家に行くための起点であった。その岩内駅が昭和60年6月30日でなくなってしまった。

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岩内線は大正元年の開通以来、旅客だけでなく近くの水産物や鉱物の物資を運ぶための大事な役割を担っていたのだ。しかし、自動車の発展に伴いだんだん輸送量が減少してその役割を終わる事になった。

今回の写真展はこの日の人々の悲喜こもごものを写し出している。花束を受け取る駅員さん、必死に列車を撮っている男の人、通いなれた駅の入口を凝視している女性、そして遠巻きにして、お別れセレモニーを見守っている町内外から集まってきた大勢の人々などなど、見ててその日の雰囲気を十分に感じられ感動すら覚えた。

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最後にのりかえ場所の小沢でのエピソード。
札幌に行くため小沢で降り、そこで知り合いに会い挨拶をした。
そして何気なく列車に乗ってしまった。フッと気が付きあわてて列車を降りた。今乗ってきた岩内行きだったのだ。札幌行きは向かいのホーム! 
今、懐かしく思い改めて岩内駅の写真を観た。(T.T)

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