大盛況!!夏休みワークショップ

8月12日に行われた夏休みワークショップ、
小学生から大人の方26名で今年も陶芸を行いました。

岐阜県多治見市在住の鈴木路幸さんに教わりながら、
粘土でカタチを作る「手びねり」で自分だけのお皿を作りました。

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岩内高校美術部の生徒さん、小倉先生の協力のもと、
参加者の皆さんが次々と作品を作りました。

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葉っぱの形のお皿や、お刺身を盛り付けしたくなるような船の形のお皿、プロ並みの整ったお皿などなど…。
皆さん夢中で作業を行い、あっという間にワークショップの時間が終わりました。

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出来上がった作品は一度多治見市に送られ、
鈴木さんにより色付けをして焼いて完成します。
出来上がりがとても楽しみです(S.N)

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第23回生誕祭

平成29年7月16日木田金次郎誕生日に第23回生誕祭が催されました。
誕生日に生誕祭が開かれるのは当たり前なのでしょうが、最近はなかなかその当たり前のことができなくなってきてました。
また内容も従来の講演会ではなく、岡部学芸員による、スライドショーでした。

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内容は木田と有島の交友を顧みるというものでありました。
有島の「生れ出づる悩み」出版から99年になるそうです。
また明治26年生まれの木田金次郎は今年124歳になるそうです。
木田が画家になる決意を固めたのが、有島が大正12年に亡くなった後だそうです。何故有島の存命中ではなく、死亡後であったのか興味が尽きないところです。有島の死にも興味がつきません。
私の高校時代の恩師で有島の研究学会である「星座の会」を主宰していた高山亮二先生も、有島の死についていろいろな仮説を立て、実証を試みたようであります。
一例が農地解放後の水田造成工事における訴訟問題です。その記録を調べに岩内検察庁においでになったことがあります。
当時の社会で農地解放という、資本主義に敢然と挑戦するがごとき行動への社会の反響に対する異議が情死というセンセーショナルな自演につながったのではないでしょうか。
そういった視点からアプローチしようとしてたのではないかと当時を想い起こされた生誕祭でありました。(M.N)

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初夏のナイトオープンに参加して

先日、木田金次郎美術館のナイトオープンに参加しました。
参加と言っても、学芸員の岡部さんの木田金次郎にまつわるお話を30分だけ聞いて、その後はスタッフ手づくりの軽食とビール、ワイン、お酒をいただくというもの。

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正直なところ、私は美術には興味がなく、2年前までこの美術館に入った事すらありませんでした。
ふとしたきっかけで、お付き合いでナイトオープンに参加。
ビールのお代わりOKという言葉に負けました。
参加してみると、知り合いが増えたり、スタッフが何とかしようという真摯な姿を見ることができたり、意外と楽しんでいる自身がいました。

私は山を登ったり、スキーをするのが好き。
いつも、岩内にはこんないい自然条件があるのに、なぜみんな山登りやスキーをしないのだろう、と言う言葉が出ます。
それと同じように、岩内には木田金次郎美術館という美術に関する素晴らしい場所があるのに、なぜ美術館に足を運んでくれないの?と言われているようですね。

次のナイトオープンにはぜひ、私の言葉に騙されて一緒にビールを飲みに行きましょう。(参加者K.I)

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岩内美術協会春季展2017〈絵の町岩内で“出力”し合う〉

 絵を描く人がいます。それを見る人が居ます。絵を描く人は今まで貯めてきた五感の塊をキャンバスにぶつけ“出力”します。
 
今回も同じ地域に住む人たちが“出力”した世界を見ることができます。
会員たちが描いた絵は、6月を間近に迎える今日角度を変えた太陽のように鮮やかで明るく、北海道の遅い春・待ち望んでいた夏への期待を感じ顔がほころびます。
一方心から滲み出たような暗い色のキャンバスも、未だ続く容赦ない冷えを抱えた夜のようで黒の鮮やかさが目を引きます。
私も1点、その仲間に入れてもらっています。

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 こうして公の場で絵を見てもらうと、ひと際絵を見ている方の感想の中に予想外の指摘をされてハッとすることが何度かあります。そういう時は体の中を見透かされ、奥深くの臓器が密かに動く様を観察されているようです。
そうして心を言い当てられるのは恥ずかしいですが、ホッと安心するんです。「私は理解されたんだ」と、これは不思議な感覚です。
私も他人の絵を見るときは表面よりも1枚奥の何かを見たいと思って見ています。
構図や配色など難しいことは抜きにして、描いた人がどんな人なのかを絵から考えるとより深く絵の世界に入り込むことができます。
同じ地域に住む人同士共通点を探すよりも面白いです。

 出品していて何ですが、私は最近まで絵を人に見せるのが嫌でした。昔学生時代の人たちは“普通”を求め、私の絵の感想には「ふ~ん」の一言の後こう言うんです、「絵がうまいんだね」。曖昧で、突き放すような冷たい言葉に何度も落ち込みました。
しかし去年縁あって出品させてもらい、会場に緊張しながら足を運んでみれば皆はっきりと絵の感想を嬉々として教えてくれました。嬉しそうな表情で声をかけてくれるのが印象的でした。
この町で絵を見てもらい、見るのはまだ2回目ですが同じ地域に住む人たちと“出力”したものを見せ合える事を嬉しく思っています。
 
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自分が描いた絵の感想を聞くのは非常に大きな糧になります。
「上手ですね」の一言も嬉しいですが、描いている人は具体的に言って欲しいんですよ。「私この色が好き」「この景色はいい」そして、「壁に飾ったらすてきだね」。
絵の感想を言うことは言葉の“出力”ですから、会員とともに展覧会に参加していただきたいです。(Y.Y)

前川茂利が撮った岩内~働く人たち

 その風景は岩内大火後落ち着いたころの港の様子だった。今とは全く異なる漁港の活気が伝わってくる。
スケソウダラや真鱈がこぼれんばかりに入った木箱や馬車がある。
中型のサメがずらりと並んだ港がある。このサメは一回焼いて壺に醤油で漬けて食べたそうだ。サメは臭みがあって腐りやすいので、そうやって保存したのだろう。

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はえ縄を運ぶ人たちの表情は、みな穏やかだ。今日とれた漁の収穫に安心し満足しているのだろう。
一家総出、子どもも大人も漁の準備や後片付けを手伝っている様子がほほえましい。 
それとは対照的に打ち上げられた破船の写真があったりする。
西風の強い岩内港は全国でも例を見ない築港工事によって守られてきたが、破船の処理は定かに決められていなかったようだ。遺棄された破船は痛々しい。

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岩内の人たちは、家族を養うために農業も営み、半農半漁の生活をしていた。
米や野菜そして魚や貝があれば食べることには困らない。冷害で米がとれない年もあっただろう。でも大漁なら、日銭もたくさん入り、外からの米や、味噌や醤油も買えるだろう。
また屠畜場があったので、その時代では珍しい肉も手に入ったらしい。浜だからこそのつつましいそして豊かな生活がそこにはあった。
後編もぜひ見てみたい。(S.S)

          ☆予告☆
前川茂利が撮った岩内<後編>
           ~街のくらし~

     9月28日(木)~10月29日(日)

共和町の写真家・前川茂利が撮影した岩内の人と風景。
後編は賑わいを見せる岩内市街の姿を紹介。
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