消防避難訓練

10月18日に美術館内の消防訓練がおこなわれました。
職員3名とボランティアの杉山さん、清掃の森さんの5名で訓練開始。消防署員が見守る中、火災が発生したと想定し、それぞれ持ち場に付きました。
火災発生の確認、通報、お客様の誘導などを行い無事避難することができました。

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次に消防署員による消火器の正しい使い方を教えてもらい水の入った練習用の消火器で実践。
いざという時のために訓練の大切さを教えて頂きました。

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木田金次郎の作品約1500点を焼失した岩内大火、
もう2度とそのようなことがないように、日頃から火の始末には気をつけていきましょう。(S.N)
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秋のナイトオープンに参加して

9月30日に行われた秋のナイトオープンにお邪魔致しました。
いつも岡部学芸員の軽妙なギャラリートークや、スタッフの方々手作りのおいしいお食事を楽しみにしています。

今回の特別展「二千六百年の足跡」のポスターを拝見した時、浅学でお恥ずかしい限りですが“二千六百年”という単語にピンと来ず、ウィ●ペディアなどで調べて初めて知りました。

ギャラリートークでは、紀元2600年を祝して制作されたレコードの生音を聴くという大変貴重な体験をさせていただき、また「ぜいたくは敵」という世相の中で制作を続ける木田の姿を想像しながら、戦前・戦中に描かれた作品を興味深く味わうことができました。

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企画展「前川茂利が撮った岩内」は、1960年代の岩内市街の写真を見ながら「あのあたりかな?」と一人推理ごっこをしながら楽しみました。
特別展・企画展を通して、アスファルトで完全に肉付けされる前の、岩内町の骨格のような風景を垣間見ることができたように思います。

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お食事メニューも大変おいしく、おかわりをたくさんしてしまいました。
しかしいつも車で来てしまうのでアルコールはおあずけ状態。
次こそは…(参加者S.M)

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♪しりべしミュージアムロード・コンサート2017♪

 今年の しりべしミュージアムロード展「おしゃべり美術館」では、
しりべしの5つの美術館・文学館を、音楽で2日間に渡り、リレーのように巡るイベントが開催されました。

若手演奏家、
大島さゆり/フルート 多川智子/ヴァイオリン 亀岡三典/ギター
によるトリオです。
 
木田美術館では、一日目の9月2日(土)夜7時から、
第4展示室にてプログラムB~愛の調べ~が演奏されました。

愛の挨拶…エルガー、ユモレスク…ドヴォルジャーク、クライスラーなど、少し意外な組み合わせの音色は、興味深く、新鮮に感じられました。

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この度、後援をいただいた、北海道銀行の女性スタッフが進行役を担い、演奏者がそれぞれの道を歩むきっかけになったエピソードなどユーモラスを交えて語り、「いばらの道だった…」と明かすシーンも…。
 
 集まった50名の来館者は、彩られた作品に包まれながら、初秋の夜のひと時に聞き入りました(S.Mi)

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大盛況!!夏休みワークショップ

8月12日に行われた夏休みワークショップ、
小学生から大人の方26名で今年も陶芸を行いました。

岐阜県多治見市在住の鈴木路幸さんに教わりながら、
粘土でカタチを作る「手びねり」で自分だけのお皿を作りました。

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岩内高校美術部の生徒さん、小倉先生の協力のもと、
参加者の皆さんが次々と作品を作りました。

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葉っぱの形のお皿や、お刺身を盛り付けしたくなるような船の形のお皿、プロ並みの整ったお皿などなど…。
皆さん夢中で作業を行い、あっという間にワークショップの時間が終わりました。

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出来上がった作品は一度多治見市に送られ、
鈴木さんにより色付けをして焼いて完成します。
出来上がりがとても楽しみです(S.N)

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第23回生誕祭

平成29年7月16日木田金次郎誕生日に第23回生誕祭が催されました。
誕生日に生誕祭が開かれるのは当たり前なのでしょうが、最近はなかなかその当たり前のことができなくなってきてました。
また内容も従来の講演会ではなく、岡部学芸員による、スライドショーでした。

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内容は木田と有島の交友を顧みるというものでありました。
有島の「生れ出づる悩み」出版から99年になるそうです。
また明治26年生まれの木田金次郎は今年124歳になるそうです。
木田が画家になる決意を固めたのが、有島が大正12年に亡くなった後だそうです。何故有島の存命中ではなく、死亡後であったのか興味が尽きないところです。有島の死にも興味がつきません。
私の高校時代の恩師で有島の研究学会である「星座の会」を主宰していた高山亮二先生も、有島の死についていろいろな仮説を立て、実証を試みたようであります。
一例が農地解放後の水田造成工事における訴訟問題です。その記録を調べに岩内検察庁においでになったことがあります。
当時の社会で農地解放という、資本主義に敢然と挑戦するがごとき行動への社会の反響に対する異議が情死というセンセーショナルな自演につながったのではないでしょうか。
そういった視点からアプローチしようとしてたのではないかと当時を想い起こされた生誕祭でありました。(M.N)

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