みんなでカレンダーを作ったよ!

2016年クリスマスイブの12月24日に行われたワークショップで2017年のカレンダーを作りました

今年のテーマは酉年にちなんで、たまごからにわとりに成長する過程をカレンダーで表現してみました

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岩内高校美術部員の皆さんもお手伝いに参加していただき、賑やかに色鮮やかなカレンダーができました

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元気いっぱいの子ども達、今年はどんな成長をするのかとっても楽しみですね(S.N)

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生き生きとした若さがあふれているね

「平成の『生れ出づる悩み』展2016」を、展示室で見た。

酒森夏海「空のキャンバス1」 子どもを肩車している大人ともう一人の子どもが近景の樹木とともに黒いシルエットになっている。背景は鰯雲と夕日で、実に様々な暖色に寒色がちりばめられていて、圧倒的な色彩の氾濫に見ている側はたじたじとなる。虫食いのプレーンな額の取り合わせも面白い効果をあげている。
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坂泰奈「グラフィックカレンダー7月、12月」 西瓜と木の年輪が背景の淡いストライプに映えている。色遣いが優しい。
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Ochiro「White Princcess」 アクリル絵の具で白っぽい背景に耽美的な女性の横顔が描かれている。その眼は横顔なのに正面の目で、まるでエジプト絵画を思わせる不思議さがある。写実という枠を早々と取っ払ったとても自由な作風で、モデルをやりながら、絵画のパフォーマンスをやったりとマルチ的な存在がこれからどう変遷してゆくのか目が離せない人だ。
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髙間鈴音「Singer」 題のとうり、音の波が直接こちら側にまで伝わってくるようだ。犬を擬人化していて、それが暗い酒場の雰囲気と実に巧みに絡んでいる。こんな絵が居間にあったら面白いだろう。音を感じさせる絵は難しいが、その難問を軽々と乗り越えているのは、若さのなせる技だろうか。
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池田さやか「hands up」 日本画で凹凸のあるバックと服の表現が白い肌と対照的だ。女性のまなざしがどこか哀感を感じさせるのは、私だけの感覚だろうか。声高に表現しているのではないが、後々まで心に残るまなざしは、画家の心のひだの複雑さからくるものだろうか。
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参加人数が少なくて残念だが、こうやってこの美術館で展示できることを最大限生かして、新人の登竜門としてもっとすそ野を広げていけたらいいなと思う。(S,S)

今年は冬の訪れが早く大雪の「どんざ忌」となりました

22回目を迎えた平成28年の「どんざ忌」は、木田金次郎命日の12月15日(木)午後5時より木田美術館2階の第4展示室を会場に開催されました。
前日から後志地方は大雪模様で当日の天候が心配されましたが、予想通り朝から降ったり止んだりの雪でかなりの量が降り積もり、午後4時前後には猛吹雪となりました。
前を向いて歩くのもやっとの状況で参加者の方々の出足も悪く、心配があたった感じで30名にみたない少人数の「どんざ忌」となりました。

午後5時を少し過ぎて岡部学芸員の司会で開会し、黙祷に続き会場正面の木田画伯の遺影に白菊を献花しました。

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その後「現代に続く有島と木田の縁」の演題でニセコ町有島記念館の伊藤大介主任学芸員による講話がありました。
有島も木田も個人名のついた記念館だが、館としてどんな使命があるのだろうかと考えた。

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経過する時間の中で作家の業蹟や名前などが忘れ去られて行く現実がある。自分達は作家の思想、理念、精神などを思い起こし継承し、展示や事業に生かして行く事が大切であると思っている。有島記念館では農場を小作人の共有として農場開放を行ったり、若い木田を応援した有島の「相互扶助」の精神を大切にしている。夕張市美術館収蔵作品の展覧会や若手作家に発表の場を提供する「平成の生れ出づる悩み」展等を木田美術館と連携して開催してきた。後志ミュージアムロードの事業も協力推進していきたい。更に有島の小説「生れ出づる悩み」が2018年に出版100年目を迎えるので有島、木田の功績を再評価して魅力を発信し地名度のアップを図るプロジェクトが6月にスタートした。

すでにインターネットによる有島、木田の知名度調査を行った事などにもふれ講話を終えた。

その後会場を1階のティーラウンジに移し、おでんなどを肴にビール等の飲み物を手にした和やかな交流会が行われた。
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今回の「どんざ忌」は、この時間になってもガラス越しに見える風景は相変わらずの吹雪模様の大雪だった。(M.T)

車イス贈呈式

この度、職員待望の自走式車イスが2台、岩内ライオンズクラブ様からご寄贈いただきました。
それまで館にあった車イスは、誰かが押すタイプのもので幅も狭く、体の大きな方には窮屈な感じがしましたし、車イスに乗った方が自由に動き回ることが出来ませんでした。
この度ご寄贈いただきました車イスは軽く、座面もゆったりしたタイプで取り回しに非常に優れたものです。
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岩内ライオンズクラブ様とは以前からご縁が深く、当館の目玉作品の一つである「大火直後の岩内港」という作品もご寄贈いただいております。この作品は岩内文化センターの緞帳にも使われている作品として有名なものです。

贈呈式の11月10日は当館のティーラウンジ「クルー」で岩内ライオンズクラブの移動例会を開催していただき会員皆様の見守る中、中川会長より贈呈いただきました。
本当にありがとうございました。大切に使わせていただきます。(T.S)

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贈呈式

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ご使用されたお客様

木田金次郎美術館名誉館長 青塚誠爾先生と「元朝の漁港」

雪まじりの寒風の中を鯳漁の漁船が沖に向かう。岩内港の冬の風物詩と云えます。
港町岩内の冬は鯳はえ縄漁業で漁師も水産加工場も忙しい季節を迎えます。
歳末の慌ただしさも除夜の鐘と共に新年を迎えると元旦は漁も休みとなり港もおだやかな表情を取り戻します。

以前、毎年元旦の朝に岩内港で絵筆を握る画家がおりました。
木田金次郎美術館の名誉館長青塚誠爾先生でした。
木田金次郎の門下生として現場主義こそ写実絵画の基本との教えを忠実に守り、その年の描き初めは、日の丸と大漁旗を掲げた漁船を係留する新春の岩内港でした。
季節風の西風が吹き荒ぶ中、寒さにもめげず毎年元旦の港の姿を描き続けて来ました。
例年道展への出品作品は「元朝の漁港」のタイトルで2005年青塚先生が亡くなるまで30年余りも続きました。
画題は同じでも構図は毎年異なり、岩内港風景はライフワークでもありました。

がんちょう
「元朝の漁港」1986年

現在、道新の文化部長の鳥居和比徒さんが岩内支局長時代に道新2004年1月17日のコラム「地域」に次のような記事を書いております。
北海道新聞岩内支局の新年の仕事は毎年、元日の朝に岩内港岸壁で漁船の絵を描いている男性への取材から始まる。同町在住の道展会員青塚誠爾さん(80才)木田金次郎最後の弟子の一人だ。港での描き初めも木田から「港には変化がある。モチーフになるものがたくさんある」と勧められたのがきっかけだったと云う。

この頃お正月の道新には岩内港で制作中の青塚先生の写真と記事がよく掲載されました。
青塚先生が亡くなられて13年余りとなりましたが、毎年この季節には「老先短い老画学生」と云いながら元日の制作に必要な準備をされていた青塚先生の姿がなつかしく思い出されます。(M.T)
元朝
「元朝の漁港<遺作>」2005年
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