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珠玉の大人のバラードコンサート

2月23日(土)午後6時に岩内町ギンザ通りのカフェアンジェラでコンサートがあった。
お客様は16名でワンプレートの夕食を頂き、ゆったりとお茶を飲みながら、公務員のYさんのピアノと歌姫のMさんのセッションを楽しんだ。Yさんはお仕事が忙しいところを無理してお願いしていたので気になっていたが、テレサ・テンの歌や中島美嘉の「雪の華」等がつやのある歌声で披露され、ピアノ伴奏もしっかりしていて、皆さんうっとりとしてた。
そして永六輔、中村八大の「遠くへ行きたい」松任谷由実の「春よ、来い」「卒業写真」を観客全員で声高らかに歌い心が開いてとてもリラックスしていた。

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後半はMさんとYさんの「スイートメモリー」「つぐない」で色っぽく切々とした歌声と軽妙な語りで皆さん聞きほれていた。アンコールはサントリーのCMソング「ウイスキーはお好きでしょ」で締めて、アルコールも出ていないのにほんのりと桃色に上気してくるようだった。
8時前には終了し、お客様はとても満足して下さったようで「また声をかけてね」と言われてうれしかった。
4月後半には札幌からジャズメンが2人来るので、もっと皆さんに満足してもらえる会食とコンサートにしたい。(S.S)
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河鍋暁斎はうまかった!

2月上旬に上京して、久しぶりにサントリー美術館へ行って「河鍋暁斎その手に描けぬものはなし」を見てきた。
若年時に歌川国芳に浮世絵の風刺画等を学び、のちに駿河台狩野派に師事し伝統的な日本画や水墨画を描いた河鍋暁斎。
その画業は卓越した画技を持っていた。江戸時代末期から明治時代という怒涛の時代を駆け抜けながらも、自分を見失わず絵を描くことにすべてを注いだ作品の1枚1枚はため息が出るほど、力強くまた繊細で美しい。仏画、花鳥画、美人画、風刺画、妖怪画など多岐にわたるジャンルで、同じ人間が描いたとは思われないほど作風の筆勢が異なる。特に狩野派の流れを受け継ぎながらも、奔放に自分独自のものと変化させている絵を見ていると「すごい!」とうなってしまう。
時代の枠を超えて天高く飛びたつ龍を見るようだ。

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日本ではそう有名でなくあまり高い評価はなされていないようだが、その作品は大英博物館やイスラエル・ゴールドマン・コレクション収蔵のものがたくさんある。
来館者はあまり多くはなく、イギリスからの里帰りのものもあり、これだけの作品が一堂に集まるのは稀有なことなのでとても残念だった。その分ゆったりと鑑賞できたのはありがたかった。時間があれば何時間でも見ていたかった。(S.S)

Volunteer Diary

2019/2/15
午前ご夫婦と女性3名来館。皆さんかなり時間をかけて熱心に鑑賞してくださいました。
子ども展の方にも関心をよせている様子でした。
史上最強寒波からいよいよ脱出できそうです。(S.Mi)

2019/2/27
木田さんの絵を見てから、岩内高校OGの松原明季美個展を見た。力があった。
木田さんが100年以上前から油絵を描き続けてきたことが一つの点になり、そこに岩内派の人たちが加わり、木田さんに感化を受けた西村計雄や小川原脩が続き、そして岩内の子どもたちが岩内派の影響の元青塚先生、坂口先生や志津先生に絵を習ってきた。そして岩内高校の生徒たちも情熱溢れる美術教員たちの指導の下に連綿と制作をつづけ、こうして点から線へ線から面へと「絵の町岩内」への力強い流れとなっている。
これをもっとはっきりとした形にすることはできないのだろうか。(S.S)

徳川美術館を訪ねて

冬晴れで空気の冷たい一月下旬、私は名古屋市東区徳川町1001尾張徳川家邸宅跡地に建つ徳川美術館に向かいました。
駅からバスで20分程のこの美術館は江戸幕府御三家筆頭62万石の尾張徳川家に伝わる大名道具を中心に国宝9点、重要文化財59点、重要美術品46点を含む一万点余りの所蔵品を有し、美術館本館も国の有形文化財と云う興味深い美術館でした。

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チケットを手に入館した展示室には武家のシンボルである武具・刀剣類がありました。3代藩主綱誠が着用した「黒塗白糸威具足」、13代慶藏所用の「葵絞蒔絵糸巻大刀拵」、初代義直所用の「金綱代笠馬標」、その他脇指、短刀、火縄銃など57点が展示されておりました。いずれも戦いで用いられる品と云うだけではなく“武具は武士の魂”と云われる通り、それぞれ気品があり美しく見事な品々でした。
次の展示室には江戸時代大名邸で行われる御数寄屋の接待茶席で用いられその道具によってその家の格が評価されるとも云われた「茶道具」がありました。戦災で焼失した名古屋城二之丸御殿にあった国宝「猿面茶室」が復元され、尾張徳川家が所用した数々の名品の中から花生、釜、水指、竹茶杓、天目茶碗など30点の展示品がありました。

又このあと2月23日から3月3日まで豊臣秀吉に切腹を命じられた千利休が自ら竹を削り、利休最後の茶会に用いた竹茶杓「泪」が公開されるとありました。
次の展示室では名古屋城の能舞台が原寸大で復元され、桃山時代の能面「小飛出」、江戸時代の能面「黒髭」など面が6面と「赤地蔦唐草文金襽舞衣」などの衣束9点、「翁烏帽子」など道具6点が展示されておりました。徳川美術館が能面126面、狂言面30面を所蔵し、量質共にその内容が高く評価されております。能面をじっと見つめていると色々な表情が見えてくるのが不思議でした。

今回の訪問で私が一番楽しみのしていた「源氏物語絵巻」は最後の展示室にパネルと映像で紹介されておりました。
紫式部の源氏物語を絵画化したこの作品は平安時代から戦国時代の戦乱で大半が失われ今に伝わるのは4巻のみでその内の3巻が徳川美術館にあります。
約1000年程前の絵巻は国宝の大変貴重な作品なので公開が限定され、今年度は昨年11月3日から12月16日までの特別展のみと云う事で誠に残念ながらオリジナルの作品を目にする事が出来ませんでした。
古来からの日本人の美意識と技を感じた一日でした。(M.T)

2/9木田金次郎冬のナイトオープンに行って来ました。

美術館へ続く道にはピカピカ光るものが。
この光の正体は雪の中に埋め込まれた電球。そして雪の上には雪を掘った「冬のナイトオープン」の文字。
美術館のスタッフのお出迎えの気持ちが伝わってきました。

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今回の展示は「出版100年有島武郎『生れ出づる悩み』と画家木田金次郎」。
展示室の入り口には有島が兄弟で共に着たコートと木田が着たであろう“どんざ”が。
他にも有島記念館にある実物資料のほとんどが展示され、木田と有島のつながりを示す資料が並んでいました。
木田が17歳、有島が34才で出会う2人ですが、海難事故後の漁の仕事のため、有島からの誘いがあっても会うことできなかったことや有島の奥さんが27歳で亡くなったこと、有島が42歳で心中をした記録がありました。

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中には絵が好きだった有島の描いた絵もあり、木田は有島の絵にも影響を受けたのではないかという解説がありました。
年々変化する木田の林檎の絵、大火後に描きまくったであろう港や山や花の絵、木田が何を思い感じていたのかは図り知れませんが、絵からあふれ出すエネルギーを感じました。

次に観たのは「平成の生れ出づる悩み2018」と「第24回ふるさとこども美術展」。
ちびっこ画家から若い画家まで第2の木田誕生への期待に心が踊る作品がたくさん並んでいました。

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絵画鑑賞のあとはラウンジで食事会。スパニッシュオムレツと春雨のスープでいつもより多めにビールをいただきました。
雪景色を眺めながら暖かい美術館で飲むのも心が癒され、おつなもの。
是非皆さんも冬の美術館にいらしてください。(参加者N.J)

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