どんざ丸
北海道岩内町・木田金次郎美術館のスタッフブログです。
ひびきあい

第57回『北方墨人会』を木田金次郎美術館を会場として
開催することができ、作品も一段と輝いて見えた。
われわれは御高覧いただいたみなさんとひびきあえることが
できたことが嬉しいことであり、又、大変勉強させてもらった。
グループ展は、余市・倶知安・岩内という周期でやっているので、
岩内は3年に一度の開催となっている。発足当時の会員は
岩宇居住者が殆どだったが、転勤等で広範囲に散らばって
しまったが、情熱は今も変わっていない。
岩内町の文化団体協議会に加盟しているお陰で会場費が
無料ということで、岩内町の文化度の高さがうかがえる。
余市町・倶知安町は数年前より有料となっている。
木田金次郎美術館は通常の使用料でも一日3400円と
いうことで、他市町村の仲間も驚いている。
その陰には、職員皆さんの熱い思いで美術館が
支えられていることに厚く感謝しなければならない。
会員の中でも機会があったら展覧会をやりたいとの声も上がっている。
今回展は連休と重なり、木田さんの常設室の延長で
第四室まで来室された方々には遠方より訪れている人が多く、
木田金次郎さんの人気ぶりをみんなで喜んだところである。
木田金次郎美術館の益々のご繁栄を祈念致しております。
(北方墨人会 高橋節男)
Volunteer Diary
21,9,26
昨夜の交流会ごくろうさん会は楽しかった。成就感があるせいか、みんな開放感でいっぱい。人間、張るだけではもたない、緩むことも大事だとしみじみ思った。(O.Y)
21,9,29
お天気がよく10時前に2人、その後、名寄から20名ほどの団体さんで賑やかでした。いつもこのぐらい入るとラッキーですね。(M.K)
21,9,30
昨日の役員会。交流会報告書編集について大綱はきまった。約30枚の写真をいれる。このあと3時に福島印刷の社長と打ち合わせ。カラー印刷で意外に安く上がりそう。(O.Y)
21,10,3
函館から十数名のグループ。「この方、大火から絵が変わったのですか」と鋭い質問があった。年表を見て木田とふみ子夫人との年齢差に驚いたのか大きな声をあげていた。(O.Y)
21,10,11
第4展示室の北方墨人展。最終日は会員同士の合評会。互いに作品について1点ずつ批評し合う。ピーンと張り詰めた空気が漂う。作品を見る目が養われ力がつくはずだと思った。(O.Y)
21,10,14
渋谷区立松涛美術館。この数ヶ月、この美術館の図書受入に悩まされた。ダンボール一箱ある。分類も一筋縄でいかない。ようやく下書き台帳記載が終わった。12日、昔の卒業生のクラス会が岩内であり、木田、郷土館、西村等この界隈ぐるっと一巡した。(O.Y)
21,10,15
役員会で報告書の校正をし15周年記念誌編集関係の協議もした。5年、10年と経験があるので内容や手順はみんな知っている。PC打ちと編集の大役は高橋さんが引き受けてくれた。(O.Y)
21,10,17
図書が本棚に収まらない。最右端の棚を勝手だが整理、上2段を空にし全体の本を右に少しづつ移動する。だが本は重い。ずしりとくる。この作業はゆっくりやることにした。(O.Y)
報告書の再校版がきた。
21,10,22
報告書が出来上がってきた。50部。薄いがコンパクトにまとめられている。文もいい、写真もいい、構成もいい。町外の美術館7グループに発送し、これで一区切りついた感じ。(O.Y)
ポプラの会11月の活動
7日 全体会議でNHK小樽局取材
8日 発信班会議 ブログ更新について 佐藤、雁原、高橋、佐々木、大森
10日 MRバスツアー 斎藤、高橋、大森3名参加 しらかばの会から礼状
11日 同上 朝の道内ニュースで放送 MVキャンペーン 324,655円
15日 役員会 報告書の校正と記念誌編集について 3時に福島印刷社長と打合わせ
17日 報告書再校版で決定し印刷へ
22日 報告書50部完成 町外7グループに発送
O.Y
昨夜の交流会ごくろうさん会は楽しかった。成就感があるせいか、みんな開放感でいっぱい。人間、張るだけではもたない、緩むことも大事だとしみじみ思った。(O.Y)
21,9,29
お天気がよく10時前に2人、その後、名寄から20名ほどの団体さんで賑やかでした。いつもこのぐらい入るとラッキーですね。(M.K)
21,9,30
昨日の役員会。交流会報告書編集について大綱はきまった。約30枚の写真をいれる。このあと3時に福島印刷の社長と打ち合わせ。カラー印刷で意外に安く上がりそう。(O.Y)
21,10,3
函館から十数名のグループ。「この方、大火から絵が変わったのですか」と鋭い質問があった。年表を見て木田とふみ子夫人との年齢差に驚いたのか大きな声をあげていた。(O.Y)
21,10,11
第4展示室の北方墨人展。最終日は会員同士の合評会。互いに作品について1点ずつ批評し合う。ピーンと張り詰めた空気が漂う。作品を見る目が養われ力がつくはずだと思った。(O.Y)
21,10,14
渋谷区立松涛美術館。この数ヶ月、この美術館の図書受入に悩まされた。ダンボール一箱ある。分類も一筋縄でいかない。ようやく下書き台帳記載が終わった。12日、昔の卒業生のクラス会が岩内であり、木田、郷土館、西村等この界隈ぐるっと一巡した。(O.Y)
21,10,15
役員会で報告書の校正をし15周年記念誌編集関係の協議もした。5年、10年と経験があるので内容や手順はみんな知っている。PC打ちと編集の大役は高橋さんが引き受けてくれた。(O.Y)
21,10,17
図書が本棚に収まらない。最右端の棚を勝手だが整理、上2段を空にし全体の本を右に少しづつ移動する。だが本は重い。ずしりとくる。この作業はゆっくりやることにした。(O.Y)
報告書の再校版がきた。
21,10,22
報告書が出来上がってきた。50部。薄いがコンパクトにまとめられている。文もいい、写真もいい、構成もいい。町外の美術館7グループに発送し、これで一区切りついた感じ。(O.Y)
ポプラの会11月の活動
7日 全体会議でNHK小樽局取材
8日 発信班会議 ブログ更新について 佐藤、雁原、高橋、佐々木、大森
10日 MRバスツアー 斎藤、高橋、大森3名参加 しらかばの会から礼状
11日 同上 朝の道内ニュースで放送 MVキャンペーン 324,655円
15日 役員会 報告書の校正と記念誌編集について 3時に福島印刷社長と打合わせ
17日 報告書再校版で決定し印刷へ
22日 報告書50部完成 町外7グループに発送
O.Y
3館バスツアーに参加して 講演で知る木田の新しい一面

10月10日、MRバスツアーに参加した。
12時過ぎに木田美術館出発。全員で15名。
まず共和町の西村美術館、学芸員の磯崎さんが案内役を勤めた。
西村は若くして当時の文展特選の栄誉に輝くほどの技量だったが、リアリズムからの脱皮を目指し戦後、美術の本場フランスに単身渡る。
知人坂口謹一郎を介し画商カーンワイラーとの出会いが彼の人生を決定づけた。
最初の個展で「日本的なよさが知的構築となって現れている」と高い評価を得、自分の画業の方向性に自信を持つ。
その特徴は線だ。キャンバスを自由自在に走り踊る線が私を捉える。
大小の丸が線の鋭さをやわらかげているようだ。
「バイオリンの音響」「おどろき」「あらし」こんな抽象度が高いモテイーフが絵になるのか。ふと小品に気づく。「あやめ」「紫陽花」これがまたいい。
次は倶知安町の小川原美術館。館前の紅葉した木々が私達を迎える。
何か素朴でぬくもりがある作品が気持ちを落ち着かせる。木田を交え3人の作家の生き方を私なりに見るとそれぞれターニングポイントがあるようだ。木田は大
火、西村は渡仏、小川原は戦争協力。
その試練の時期を乗り越え自分のアイデンテイテイを確立させている。
ここで美術評論家の吉田豪介氏の記念講演をお聞きしたが、その中で木田に関する部分だけ紹介したい。HBC勤務当時に木田と直接かかわりがあったそうだ。
・木田はテレ性だった。若い頃、東京で心ならずも落選の経験があり、以後公募展には一切出品しなかった。美術団体の創立会員にはなるが出品しない。HBCのロビーに来ては私を呼び出し内外の美術情報を聞き出そうとする。絶対に応接室に入ろうとしない。自分のことには触れない。
・有島が始めた黒百合会には大学生だけでなく中学生、師範学校生も絵を出した。三岸好太郎、繁野三郎達は美術のオリンピックに選ばれたようでうれしくてうれしくてと言っていた。木田もそうだったろうと思われる。
・評論家針生一郎が美術雑誌で「美術にとって様式が新しい古いは問題でない。それは作品の生命とは無縁である。」と木田を激賞した。その後、HBCの用件で東京出張の時、木田から「針生に会ってくれ」と頼まれた。気安く引受けたが到底そんな時間はなかった。ところが翌日速達で針生宅の詳細な地図を送ってきたので、個人的に予定を一日延ばし世田谷の自宅まで探して行ったが不在だったことがある。思ったことはどうしてもやる人。
講演の締めくくりは3人の代表的な絵をスライドで解説。木田はポプラ、大火直後の岩内港、菜の花畑、台風の跡、夏の岩内港、モイワの6点で木田の気持ちに踏み込むような味わいのあるコメントだった。

最後が夕闇迫った木田美術館。学芸員の岡部さんから主な作品の解説もありツアー解散となった。
O.Y
鑑賞スケッチノートから
○2009/8/13 札幌市 S.N様
岩内町は亡き母のふるさとです。その地で「文化」を感じさせます。島本融氏は公私の区別のある一級のバンカーでした。
○2009/8/13 札幌市 M.Y様
前にも一度来たことがあり、すごくステキだったのでまた来ました。前来たときはりんごの絵とバラの絵、そして岩内港の風景がとても印象に残りました。今回もじっくり他の作品とかも見ました。とても楽しかったので、機会があればまた来たいと思います。
○2009/8/13 札幌市 S.N様
本日は二時間半で参りました。素敵でした。札幌の本郷新美術館もイイですよー。また来ます。
○2009/8/ 石狩市花川 S.T様(98歳)
すばらしい! はじめて絵を見て泣きました。また来たいなーって思います。木田さんさいこうやー!! 屋上もいいネ。
○2009/8/ 札幌市 K.K様(財)道銀文化財団
財団事務局員として新たな試みに挑む前に、美術を愛し、支え続けた初代頭取のお心をいただくため札幌より参りました。「企業はときには、その地域の美術や音楽に無関心ではありえない〜(中略)それが企業の社会的責任である」胸に響きます。素晴らしい美術品と島本氏のお心にふれ、今一度気持ちを新たにそのお心を継げる仕事ができるよう、精一杯努めます。有り難うございました。
○2009/8/ 中川郡中川町 K.K様
素晴らしいものを見て新たに木田金次郎を垣間見れました。永く館が続くと良いですね。
○2009/9/ 千葉県我孫子市 K.K様
18歳まで札幌月寒で育ち、郷土出身の素晴らしい画家がいた事をほこりに思います。「あわあわ水素くん」発明者より
○2009/9/18 函館市 N.N様
岩内に根ざした画家、日本海の岩内が良く描かれ非常に感じ入りました。
○2009/9/19 札幌市 T.Y様
港の大漁、賑わう活気! 大漁であってもなくても、船、人、海、空、すべて真剣な。凄い、凄い。
○2009/9/21 札幌市 S.Y様
前回は2006年でした。いつも又来たいと思っていました。再来館できたことが嬉しいです。手稲山の風景、新発見の絵とてもよかったです。
○2009/9/ 旭川市 O.M様
やっと来ることができました。力強い作品に感動しました。ありがとうございました。
○2009/9/ 釧路市 S.M様
力強くて生き生きとした作品が多く、木田金次郎の「描きたい!」という気持ちが溢れてくるようなタッチですね。
○2009/9/25 小樽市 I.K様
何度見ても圧倒される。画筆から踊るように絵の具が飛び出してきて、ゴチャゴチャになって「はまなす」のなんと可憐なこと。60代後半で亡くなったなんて信じられない。昭和の生まれだったら、110歳位まで沢山の人をもっともっと喜ばせることが出来たはず。
(T.T)
岩内町は亡き母のふるさとです。その地で「文化」を感じさせます。島本融氏は公私の区別のある一級のバンカーでした。
○2009/8/13 札幌市 M.Y様
前にも一度来たことがあり、すごくステキだったのでまた来ました。前来たときはりんごの絵とバラの絵、そして岩内港の風景がとても印象に残りました。今回もじっくり他の作品とかも見ました。とても楽しかったので、機会があればまた来たいと思います。
○2009/8/13 札幌市 S.N様
本日は二時間半で参りました。素敵でした。札幌の本郷新美術館もイイですよー。また来ます。
○2009/8/ 石狩市花川 S.T様(98歳)
すばらしい! はじめて絵を見て泣きました。また来たいなーって思います。木田さんさいこうやー!! 屋上もいいネ。
○2009/8/ 札幌市 K.K様(財)道銀文化財団
財団事務局員として新たな試みに挑む前に、美術を愛し、支え続けた初代頭取のお心をいただくため札幌より参りました。「企業はときには、その地域の美術や音楽に無関心ではありえない〜(中略)それが企業の社会的責任である」胸に響きます。素晴らしい美術品と島本氏のお心にふれ、今一度気持ちを新たにそのお心を継げる仕事ができるよう、精一杯努めます。有り難うございました。
○2009/8/ 中川郡中川町 K.K様
素晴らしいものを見て新たに木田金次郎を垣間見れました。永く館が続くと良いですね。
○2009/9/ 千葉県我孫子市 K.K様
18歳まで札幌月寒で育ち、郷土出身の素晴らしい画家がいた事をほこりに思います。「あわあわ水素くん」発明者より
○2009/9/18 函館市 N.N様
岩内に根ざした画家、日本海の岩内が良く描かれ非常に感じ入りました。
○2009/9/19 札幌市 T.Y様
港の大漁、賑わう活気! 大漁であってもなくても、船、人、海、空、すべて真剣な。凄い、凄い。
○2009/9/21 札幌市 S.Y様
前回は2006年でした。いつも又来たいと思っていました。再来館できたことが嬉しいです。手稲山の風景、新発見の絵とてもよかったです。
○2009/9/ 旭川市 O.M様
やっと来ることができました。力強い作品に感動しました。ありがとうございました。
○2009/9/ 釧路市 S.M様
力強くて生き生きとした作品が多く、木田金次郎の「描きたい!」という気持ちが溢れてくるようなタッチですね。
○2009/9/25 小樽市 I.K様
何度見ても圧倒される。画筆から踊るように絵の具が飛び出してきて、ゴチャゴチャになって「はまなす」のなんと可憐なこと。60代後半で亡くなったなんて信じられない。昭和の生まれだったら、110歳位まで沢山の人をもっともっと喜ばせることが出来たはず。
(T.T)








